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米社債市場で増加する堕天使

社債市場では、投資適格の格付けで発行された社債が、その後、社債を発行する企業の信用力の低下によって投機的格付けに格下げされることを、「堕天使(Fallen Angel)」と呼ぶ。2005年に米国のゼネラルモーターズ(GM)とフォードの格付けが、投機的格付けのハイイールド債(ジャンク債)に引き下げられると、米国メディアがこれら企業の社債を墜天使と呼んだことから、その後、広く使われる言葉となった。米国債券市場では、その墜天使が足もとで急増している。

2005年に投機的格付けまで格下げされたフォードの社債は、2015年には投資適格の格付けを取り戻した。しかし、新型コロナウイルスの影響で、フォードは世界にある多くの工場の閉鎖に追い込まれ、再び投機的格付けに格下げされてしまったのである。

経済、経営環境の急変を受けて、格付け機関も急速に格下げを行っている。通常であれば数か月かけて検討したうえで慎重に格下げを決めるような案件でも、現在は数週間で格下げを決めているという。

S&P社、ムーディーズ社が4月に入ってから投機的格付けに格下げした米企業の社債、つまり堕天使は、既に360億ドルに達したという。3月の堕天使は900億ドルだった。また2020年通年では、2,000億ドルに達するとの見通しもある。

急増した投資適格最下位のBBB(トリプルB)格社債と投げ売りリスク

業況悪化で投資適格社債が投機的格付けへと格下げされる堕天使は、企業の資金調達コストを高め、企業の収益環境を一段と悪化させてしまう。しかし、それにとどまらず、堕天使は、社債市場を大きく揺るがすきっかけにもなる。

近年、欧米市場では、投資適格最下位のBBB(トリプルB)格の社債の発行が急増した。発行体である企業からすれば、最下位であるとはいえ投資適格で発行できれば金利水準、つまり調達コストを抑えることができる。

他方で、BBB格の社債を購入する投資家にとっては、投資適格に投資しながらも、より高格付けの社債と比べれば、高めの運用利回りを得られる、という魅力がある。そもそも、投資適格しか投資できないというルールの大手投資家は多い。

このように、発行体と投資家の双方の利害が一致したことで、BBB格の社債の発行は急増したのである。さらに、強い需要の下で、信用リスクを超えてBBB格の社債が買われ、行き過ぎた価格の上昇(利回りの低下)が生じた。こうしたタイミングで、今回の新型コロナウイルス問題という大きなショックが起こったのである。

投資適格社債が投機的格付けに格下げされれば、投機的格付けには投資できないルールとなっている多くの投資家は、保有している社債を投げ売り(fire sale)せざるを得なくなり、これが価格の急速な調整をもたらし、市場を大きく混乱させるのである。

堕天使が社債市場を大きく揺さぶる

急速に社債の格下げが進む米国では、投資適格最下位にあるBBB格の社債も、投機的格付けに堕ちる堕天使の候補とみなされるようになっている。米国で発行総額3,600億ドル規模のBBB格社債の利回りは、投機的格付け最上位のBB格社債の利回りとほぼ等しくなっているのである。投資家にとっては、堕天使の候補であるBBB格の社債とBB格の社債のリスクは、信用リスクに上記のような投げ売りといった市場リスクを加えれば、ほぼ同等なのだ。

こうして米国社債市場では、6.7兆ドル規模の投資適格社債と1.2兆ドルの投機的格付け社債、つまりハイイールド債(ジャンク債)の境界は次第に曖昧となり、投資適格社債の底の部分が崩れてきた印象である。

米連邦準備制度理事会(FRB)は、投資適格(BBB格以上)の社債を買い入れるという、FRBとしては異例の策を決めた。それによって、投資適格社債の市場は、足もとでは落ち着きを取り戻している。

こうした施策を打ち出せば、買入れ対象と買入れ対象外の社債との利回り格差は大きく開くのが普通だ。ところが、既に見たように、BBB格とBB格の社債の利回りほぼ等しい。このことは、BBB格の社債に、投資家がいかに大きなリスクを見出しているのかを示している。

このように、FRBの買入れ策によって安定を取り戻したかに見える米社債市場でも、BBB格以下の社債は引き続き大きな問題を抱えている。そして、今後も堕天使によって、社債市場が大きく揺さぶられるリスクは続くのである。

(参考資料)
"Bond investors rattled by flood of fallen angels", Financial Times, April 8, 2020

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。