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政府の出勤者削減要請は一気に強化

企業は、さらなるテレワーク(リモートワーク)の推進を目指している。安倍首相は4月11日(土)に、緊急事態宣言の対象区域である7都府県の企業に対し、職場への出勤者を最低7割減らす要請を出すよう、閣僚らに指示した。7日に緊急事態宣言が出された際に、政府は職場への出勤者を4割程度削減することから始めて、次第に削減率を高めていくことを呼び掛けていた。わずか数日のうちに、政府の出勤者削減要請は一気に強化されたのである。

緊急事態宣言が出される以前から、東京都では、週末の外出自粛はかなり進んでいた。内閣官房が公表しているスマートフォンの位置情報から推定した人口増減によると、4月12日(日)15時時点の渋谷周辺の人口は、昨年11月の休日との比較で、-73.7%となった。さらに、緊急事態宣言が出される前の4月5日(日)と比べて-25.5%であった。緊急事態宣言が出される前の時点で、既に政府や東京都の外出自粛要請を受けて、人出は-48.2%、つまり半減していたのである。そして、緊急事態宣言を受けて人出はおよそ4分の1にまで減少した。

東京駅でも、週末の人出は激減している。4月12日(日)18時までの人出は、緊急事態宣言が深夜に出された日の4月7日(火)と比べて、-85.8%の大幅減少となった。政府が示す8割減という目途に達している。ただしこの数字は、週末と平日との比較である。

同じ平日である4月10日(金)の東京駅の人出を4月7日(火)と比べると-33.9%と3割減だ。同じ比較で、新橋駅では-27.9%、新宿駅では-32.5%、品川駅では-24.1%、六本木駅では-6.5%にとどまっている。

時差出勤は進んでいる印象

緊急事態宣言後も平日の人出の減り方が小さめであることを、こうした数字から確認したうえで、政府は職場への出勤者を最低7割減らす要請を出したのかもしれない。

他方、都営地下鉄の利用者数を確認すると、1月20日~1月24日の平均値との比較で、4月6日~4月9日(ともに平日)の利用者数は、朝の7時半~9時半、9時半~10時半の時間帯で、およそ50%減となっている。

ところが、6時半~7時半の時間帯では、減少率は20%程度にとどまっている。これは、通勤者が混雑を避けて早朝の時間帯に通勤時間をシフトさせていることを示唆しているのではないか。

このように企業あるいは勤労者は、テレワークで会社への出勤者数を減らす試みに加えて、時差出勤を同時に進めているのである。共に、新型コロナウイルス感染リスクを減らすという社会貢献の意味を持つが、前者については、それに加えて、会社内で感染者が出た場合に事業継続が難しくなることへの対応、つまり企業にとってのBCP(事業継続計画)の側面も併せ持つのである。

通勤と職場の感染リスクは同じではない

ところで、今まで確認されている集団感染は、宴席、スポーツジム、養護施設、病院などが発生場所として思いつくところである。反面、企業内で大規模な集団感染が発生したという例は記憶にない。他方で、通勤時の電車、バスなどでの感染リスクの大小については、意見が分かれるところだ。

企業にとって、通勤者数を減らす試みと、出社人数を減らす試みとは同じではない。タクシー通勤、自動車通勤などを活用すれば、出社人数を大きく減らさずに、通勤者数を減らすことが可能だ。他方、時差出勤を活用しつつ、社員が同じ職場で直接接触しない形で、時間帯での交代制を採用すれば、業務水準を大きく減らさずに、同一時間帯での出社人数を減らし、企業内感染のリスクを下げることも可能となる。

このように、政府が呼びかけているテレワークを通じた通勤者の削減と出勤者の削減とは、同じことではない。それぞれ、感染リスクをどのように評価すれば良いのかは、企業が是非知りたいところだろう。

既に多くの企業は、感染拡大抑制という社会的要請に応えるために、業務を犠牲にしつつテレワーク及び自宅待機の拡大を進めている。しかし、そうした強い制約の中でも、常に効率の最大化を図るのが企業というものである。

こうした観点に照らせば、職場での感染リスクと通勤時の感染リスクについて、それぞれのリスクの度合いについて政府から科学的根拠が示され、どちらへの対応により比重をかけるべきなのか、指針のようなものが示されることを、企業は期待しているのではないか。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。