&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

10万円一律給付案が突如浮上

事業総額108兆円規模の緊急経済対策の一部を盛り込んだ、16.8兆円の2020年度補正予算案の国会審議が、4月20日に始まる見込みだ。与党は21日に衆議院で予算案を通過させ、22日には参議院で成立させるという、スピード成立を目指している。23日くらいから自治体が給付金を配るための準備をスタートできる状況が望ましい、との考えのようだ。

ところが、補正予算案の審議を始める前に、第2次補正予算案を意識したかのような追加の政策案が連立与党側から示された。

自民党の二階幹事長は14日に、「一律10万円の現金給付を求める切実な声がある。速やかに実行に移せるように政府に申し入れる」と述べた。他方、公明党の山口代表も15日に首相官邸で首相と面会した後、「1人当たり10万円を給付する決断を促し、『方向性を持って検討します』と答えを得た」と述べている。

両者は同じ10万円の給付であるが、二階幹事長が「財政的なゆとりは困難」として所得制限が必要としているのに対して、山口代表は「所得制限なし」との考えを示している。

どのような経緯で、両者からほぼ同時に同じ10万円給付案が示されたのかは不明だ。ただし、もともと両党内で、第1次補正予算案に盛り込まれた、所得が大幅に減少した世帯に所得制限を設けた上で30万円を支給するという現金給付案に反対する意見が根強くあったことが底流にあるのだろう。

首相は「方向性を持ってよく検討したい」と回答

菅義偉官房長官は15日の記者会見で、公明党の山口代表が首相に現金10万円の一律給付を求めたことについて、「首相は2020年度補正予算案成立後に検討する意向だ。首相は、補正予算は先日、政府・与党で決定した内容を速やかに成立させ、その後、方向性を持ってよく検討したいと山口代表に説明した」ことを明らかにした。

今の段階で政府の補正案を修正すれば、可決までにさらに時間がかかり、困難に直面する企業や人々への給付が遅れてしまう。政府が、10万円給付案を補正予算案成立後、つまり2次補正予算での検討事項と位置付けたことは適切だ。

首相の「方向性を持ってよく検討したい」とは、どのような意味合いなのか。「検討したい」だけであれば、政治の世界では断る時の常とう句のようでもあるが、「方向性を持って」としたことで、2次補正予算に盛り込むことに前向きであることを意味したのか。そのニュアンスは測りきれないところがある。

一律現金給付には問題点が多い

一律現金給付の案は、当初から検討されていた。そのメリットは、所得制限がなければ、迅速に給付ができるという点だ。他方で、デメリットは、困難に直面していない人に給付すれば、本当に困っている人には十分な資金が行き渡らない、あるいは給付総額が相当規模に達してしまうことだ。例えば一人当たり10万円を給付すれば、12.6兆円もの予算が必要になる。今回の補正予算には既に14兆円の赤字国債の新規発行が含まれているが、同規模の発行を追加で行う必要が生じるのである。

さらに、生活に困ってない人は、給付金を受け取っても貯蓄に回る部分が大きく、経済効果がその分小さくなってしまうことも、2009年の定額給付金制度の経験からある程度明らかになっている。

2次補正で給付を行う場合には、給付の時期は6月以降、場合によっては夏頃になってしまうのではないか。その場合、迅速な給付とならないことは明らかである。

与党内の意見はどのように調整されたか

新型コロナウイルスの感染拡大が、短期間で収束することは見込めず、その結果、外出自粛要請なども長期化しよう。補正予算は今後、何度も組まれていくことになるのではないか。

その際には、今回の補正予算に盛り込まれた経済対策、特に給付金制度の問題点を見直し、改善させつつ、増額措置を講じていくのが妥当であろう。与党内で見送るという結論が出た一律給付案を、このタイミングで再び持ち出すのは妥当ではないだろう。これは、与党内、あるいは連立与党内での意見の統一ができていないことを露呈するものでもある。

経済対策を巡る野党各党の見解は、今後の補正予算審議の中で明らかになるだろう。しかし、与党内での少数意見は明らかにはならず、その結果、党内での不満は高まるかもしれない。自民党内では、消費税率を一時的に0%とする案も引き続き一部では支持されていると見られる。

与党内の意見をどのように収斂させて、現在の経済対策にまとめ上げたのか、その調整過程も一度丁寧に、国民に対して説明する必要があるのではないか。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。