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途上国・低所得国の支援が喫緊の課題

主要各国の政府は、新型コロナウイルス対策に日々翻弄されている状況だが、そうした中でも、内向き、自国第一主義には陥らず、必要な際には他国を支援するという国際協調の姿勢をしっかりと堅持する必要がある。そうした中、喫緊の課題となってきたのが、途上国・低所得国の支援である。

経済の悪化、商品市況の下落を受けて、途上国・低所得国では対外債務の返済に重要な支障が生じている。いわゆるデフォルトリスク(返済不能)が高まっているのである。これは、世界の金融市場を不安定にさせ、主要国にもその悪影響が及ぶ可能性がある。

他方で、そうした途上国・低所得国でも、新型コロナウイルスの感染が広がっている。しかも、医療体制は概して脆弱だ。さらに、財政余力が限られる中、対外債務返済に財政資金を回せば、新型コロナウイルス対策が一段と弱体化してしまう。そうした国での感染者の拡大は、他国にも拡大していくことから、主要国にとっても大きな懸念となっているのである。

そこで、少なくとも途上国・低所得国の対外債務の返済を猶予することで、各国政府が国内での新型コロナウイルス対策に注力できる環境を整えるとともに、対策を資金面から支援する必要が、主要国では強く意識されるようになってきた。

IMFが主導する債務返済猶予と緊急支援

そうした支援をリードしているのが、国際通貨基金(IMF)である。IMFは、既に加盟25か国に対して、資金を感染対策などに回せるよう、年内のIMFへの債務返済を猶予するための支援金を提供したことを13日に明らかにしている。猶予期間は2021年まで延長される可能性もある。

また、14日に世界経済見通しを公表したIMFのチーフエコノミストは、同日のインタビューで、IMF加盟189か国のうち半数以上の100か国が、新型コロナウイルスの封じ込めと経済対策のための緊急支援をIMFに要請したことを明らかにした。この100か国のうち約半分が、低所得国だ。世界銀行も、インドなど25か国に対して、検査体制や隔離施設の拡充などへの緊急支援を決めている。

IMFは無利子あるいは低利で提供可能な緊急支援金の額を、従来の2倍の1,000億ドルに増やしており、短期的な流動性供給策の整備も進めているとしている。

IMFの持つ1兆ドルの融資能力は、加盟国の新型コロナ対策を支援するのに相当大きな額であるが、今後、途上国・低所得国での新型コロナウイルス問題がより本格化するなかで、さらなる融資能力が必要になるとの見方を示している。

G7・G20も途上国・低所得国支援で一致

こうしたIMFの動きを受ける形で、途上国・低所得国に対して債務返済を猶予する動きが広がってきた。フランスのルメール経済・財務相は14日、公的・民間債権者がアフリカのサハラ砂漠以南の40か国を含む76か国に対し、総額2,000億ドルの債務返済の年内の停止を認めると明らかにした。

さらに、G7(主要7か国)財務相・中央銀行総裁は、14日のビデオ会議で、新型コロナウイルスの感染拡大による世界経済の急速な悪化への懸念を共有し、途上国支援などで足並みを揃えた対応を取ることで一致した。また、途上国や低所得国が新型コロナ対策に必要な資金を確保できるよう、IMFの低所得国向けファシリティへの追加拠出を訴えたほか、債務返済猶予には民間の債権者も加わるよう要請している。

さらに緊急融資額の拡大や短期的な流動性支援など、IMFや世界銀行などが新型コロナ危機対応に向け講じた措置に支持を表明している。

15日に開かれたG20(主要20か国・地域)財務相・中央銀行総裁でも、途上国・低所得国に対して、少なくとも2020年末まで対外債務の返済を猶予する考えで合意した。

自国第一主義が新型コロナウイルス対策の最大の障害

このように、世界の新型コロナウイルス対策の中で、ウィークポイントとなっている途上国・低所得国を支援をする動きが急速に広がっていることは、明るいニュースである。

ところがこうしたタイミングで、トランプ米大統領は14日、世界保健機関(WHO)への資金拠出を一時停止する考えを表明した。WHOが、近年拠出金を急増させている中国寄りの姿勢をとっていることを、その理由に挙げている。これは、まさに米中対立の延長線上との印象である。米国はWHOへの最大の拠出国であり、その拠出額は2019年に4億ドル超である。

この表明を受けてグテレス国連事務総長は、「新型コロナウイルスと闘っているWHOなどの人道的機関の活動資金を削減する時ではない」と、トランプ大統領を強く批判している。 世界が協力して新型コロナウイルスという共通の敵と戦う中、その最大の障害となるのは、こうした自国第一主義なのではないか。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。