&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

経済規模の国際比較には問題も

4月15日の経済財政諮問会議で、緊急経済対策の経済効果についての内閣府の試算が示された。GDPの下支え・押し上げ効果は最大で3.8%程度と、いつものことではあるものの、対策の規模とその経済効果を強くアピールする内容となっている。

しかし、今回の対策の柱となるのは、資金繰りに窮し、また大幅な所得減少に直面している企業、家計を救済するという、セーフティネット(安全網)の拡充策であることを踏まえれば、経済対策を国民にアピールする際に、従来とは異なる形にする工夫があっても良かったのではないか。

資料では、まず緊急経済対策の規模が強調されている。今回の対策の事業規模は108.2兆円と、リーマン・ショックを受けて2009年4月に決定された対策の56.8兆円の約2倍の規模であることが示されている。ただし、この108.2兆円には、今回の新たな対策だけでなく、昨年12月に決定された経済対策も含まれている点には注意が必要だ。

また、事業規模のGDP比率は20%と、米国の同11%の2倍近くに達している点も強調されている。しかし、日本の経済対策の事業規模には、資金繰り対策の融資制度も含まれている。他方で米国の数字には、米連邦準備制度理事会(FRB)が特別目的事業体(SPV)を通じて実施する企業向け貸出や資産買入れを行う2.3兆ドルのスキームは含まれていない。このスキームは、最大で4兆ドルまで拡大される可能性がある。これを含めれば、米国の経済対策の事業規模のGDP比率は、日本を上回る。この各国比較には、定義が揃えられていないという問題がある。

新型コロナウイルス問題後の支出はいつ実施されるか分からない

GDPの下支え・押し上げ効果は、最大で3.8%程度と試算された。ここには、昨年12月に決定された経済対策で今後表れてくる効果、1.1%程度も含まれている。これを除くと、緊急経済対策第1弾、第2弾と今回の大型経済対策による追加的な効果が、最大で2.7%程度と試算されている。緊急経済対策第1弾、第2弾は小規模であったことから、この数字は、概ね今回の大型経済対策の効果を示していると考えられるだろう。

大まかな計算ではあるが、筆者は、今回の大型経済対策がGDPに与える効果を+0.9%と試算した(当コラム、「経済対策で重要なのは経済効果よりも企業、家計の支援」、2020年4月8日)。民間の試算値の平均も、1%程度ではないか。

これと比べて、内閣府が今回示した経済効果はかなり大きいが、両者の違いは主に2つの点に由来している。筆者の試算には、経済対策のうち後半のV字回復フェーズに含まれる、「経済の強靭化」、「消費喚起」を含めていない(内閣府の試算には含まれている)。これらは、新型コロナウイルス問題が収束した後の支出と位置付けられているが、新型コロナウイルス問題が短期間で収束するとは思えず、果たしていつになったら支出されるのか不明であるからだ。

給付金がGDPを直接押し上げる効果は大きくない

第2の点は、企業・家計に対する給付金が、どの程度の割合で、GDPの押し上げに直接寄与する支出に回されるか、についての前提の違いである。内閣府の試算では、すべてが支出に回る(支出性向が1)との前提で計算しているが、これは現実的ではない。所得が大幅に減少した家計は、受け取った給付金のかなりの部分を生活費、つまり消費に回す可能性があるが、すべてではない。先行きの生活不安が強い中では、消費を切り詰めて給付金の一部を貯蓄するだろう。

また、企業については、受け取った給付金をほぼ使うとしても、GDPを直接押し上げる設備投資に回す割合はかなり限られよう。しかし、企業が給付金を設備投資でなく、借金の返済や原料購入の支払い等に使っても、GDPの直接的な押し上げにはならないのである。

こうした点から、給付金のすべてがGDPを押し上げる支出に回る(支出性向が1)との前提は現実的ではない。筆者の試算では、この割合を3割(支出性向が0.3)とした。

給付金は所得減少の何割を補うのか

今回の経済対策は、108兆円という驚くような規模からイメージされるよりも、実際のGDPの押し上げ効果はかなり小さい。しかし、今回の対策の柱は、資金繰りに窮し、また大幅な所得減少に直面する企業、家計を救済するというセーフティネット(安全網)の拡充であることを踏まえれば、この点は実は問題ではない。政府も、経済効果の大きさを無理にアピールする必要はなかったのではないか。

そうではなく、経済対策に含まれる新たな低利・無利子融資制度によって、資金繰りに行き詰まって破綻する企業をどの程度の割合で救済できる見通しなのか、が示されるべきではないか。

さらに、給付金制度は、経済の悪化がどの程度の期間続くことを前提に金額が決められているのか、つまり給付金は何か月分なのかが、示されていないことも大きな問題ではないか。

この点が分からなければ、緊急事態宣言のもとで経済活動が厳しく制限される状況が長引いた場合に、所得減少分のうちどの程度の割合が、追加の補正予算を通じて補填され続けるのか、企業、家計は計算できない。そのため、企業は先行きの事業計画を立てられず、また、個人は先行きの強い生活不安から解放されないだろう。

政府は、経済対策の規模の大きさ、経済効果の大きさをアピールするのではなく、上記のような情報を丁寧に国民に示すことが、今回の経済対策では強く望まれるところだ。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。