リブラ計画の功罪
昨年6月に打ち出した新デジタル通貨「リブラ」計画を見直すことを、4月16日にリブラ協会が発表した。これは「Libra2.0」と命名されている。
金融当局などの強い反対によって、リブラ計画は潰されるとの見方も続いていた。しかし今回の修正計画は、金融当局との間での議論を踏まえ、両者が妥協点を見出した結果なのであろう。そのため、リブラは発行される可能性は高いことが今回確認されたと言えるだろう。今年11月中旬から年末までの発行を目指しているという。
リブラは、当初、主要国通貨のバスケットでその価値が決まる「グローバル・ステーブル・コイン」として設計された。一国内で使われるのではなく、国境を越えて使われるグローバル通貨であった。世界で27億人と、世界人口の3分の1程度が利用しているフェイスブック関連アプリ上で取引できるリブラは、国境を越えてグローバル通貨として広く利用される大きな潜在力を持っていた。
銀行口座を持たない成人、いわゆるアンバンクトは世界で17億人いるが、その中で携帯電話を持っている人は3分の2にも達する。リブラを使えば、銀行口座を持っていなくても、送金などの金融サービスを利用できるようになる。このように、リブラは利用者の利便性を高め、金融包摂に貢献するという点を、フェイスブックは強くアピールしていた。
しかし、こうした点にこそ、金融当局の大きな懸念があったのである。利便性の高さから、リブラは世界中で利用が広がり、各国の金融政策や金融システムに悪影響を与えることが懸念された。また、国境を越えた利用が拡大すれば、マネーロンダリング(資金洗浄)対策など、金融当局の監視の目が届きにくくなる。
当初は単一デジタル通貨を発行
そこで、こうした金融当局の懸念を軽減するために、リブラは、複数の単一デジタルコインとして始める方針となったのである。つまり、主要国通貨のバスケットで価値が決まるのではなく、デジタル・ドルやデジタル・ユーロなど、単一通貨にその価値が連動するデジタル通貨の取引をそのプラットフォーム上で行うことから始めるのである。また、中銀デジタル通貨の取引をリブラのプラットフォーム上で行うことも、検討されているようだ。
この場合、各デジタル通貨がそれぞれ自国内で使われるのであれば、既に各国で広まっているスマホ決済などとの違いはほとんどなくなる。グローバル通貨というリブラの最大のメリットを、捨てることになってしまうのである。
ただし、リブラ協会あるいはフェイスブックは、いずれは、複数通貨のバスケットで価値が決まるグローバル通貨を発行するという夢は、捨てていないのである。
リブラが対人民元対策に利用される可能性も
リブラ協会がデジタル・ドルを発行する場合、それがどの程度の地理的範囲で利用されるのかは不透明だ。デジタル・ドルが米国内だけで利用されるのであれば、米国内で既に利用されているスマホ決済と変わらない。
しかし、基軸通貨ドルは、海外でも利用のニーズは非常に高い。一定の為替リスクを甘受しつつ、世界中でリブラのプラットフォーム上でデジタル・ドルが使われるようになる可能性はあるだろう。この場合には、当初のリブラ計画と同様に、「グローバル・ステーブル・コイン」となる。フェイスブック関連アプリ上で取引できるリブラの利用範囲を厳格に限定することは、簡単ではないかもしれない。
ところで、リブラ計画に触発されて、中国では昨年からデジタル人民元の計画が進められてきたが、いよいよそれが実証実験の段階に入ったようだ。中国は、デジタル人民元を国内だけでなく一帯一路国など海外で流通させ、人民元国際化の起爆剤とする狙いがあると考えられる。
今後、デジタル人民元の海外での利用が拡大し、米国の通貨覇権を脅かす懸念が強まる場合には、米国は、リブラのプラットフォーム上で取引されるデジタル・ドルを、海外で広く利用できるようにして、デジタル人民元に対抗する戦略をとる可能性もあるのではないか。
このように、リブラ計画の帰趨は、米中間の国家覇権争いとも強く結びついているのである。
プロフィール
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。