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総額5,400億ユーロの経済対策で合意

リーマン・ショック(グローバル金融危機)時と同様に、ユーロ圏では、経済・金融危機への対応を巡って、南北間での国の対立が際立っている。その結果、金融市場の大きな不安要素であるイタリア国債の安定維持は、引き続き欧州中央銀行(ECB)の資産買い入れ策に頼らざるを得ない状況に追い込まれている。

ユーロ圏財務相らは4月9日、総額5,400億ユーロ(約64兆円)に上る新型コロナウイルスへの経済対策で合意した。その柱は第1に、欧州連合(EU)の救済基金である「欧州安定メカニズム(ESM)」を活用した信用枠(クレジットライン)の設定、第2に、政策金融機関である欧州投資銀行(EIB)による中小企業への総額250億ユーロの資金繰り支援、第3に、コロナ危機対応で各国が導入する雇用対策資金にあてるため、総額1,000億ユーロの融資制度創設、第4に、感染終息後の経済復興を支援する復興基金の創設だ。

第1の点では、財政資金が不足する国はGDP比で2%までの借り入れが可能であり、融資枠の総額は2,400億ユーロだ。融資資金の利用は、直接または間接的にコロナ関連の医療、治療、予防にあてることが求められる。ただし、融資枠の設定を受けるには、厳しい財政再建や構造改革を要求される可能性が高い。イタリアは、コロナ危機対応の特殊性に鑑みて、無条件あるいは限定的な融資条件を求めているが、オランダは厳しい条件が前提になると強く主張している。

コロナ債発行で合意できずイタリア国債利回りは再度上昇

第4の復興基金の創設については、欧州諸国が共同で債券を発行する欧州共同債、いわゆる「コロナ債」の発行で、資金を調達することが検討されている。しかし、それはドイツやオランダなどの強い反対があるため、現状では資金調達方法が決まっていない。

コロナ債(欧州共同債)を発行して資金を調達すれば、ドイツ、オランダのような中核国の高い信用力に依存して、イタリア、スペインのような信用力の低い南欧諸国が低利で資金を調達することを助ける。それは、中核国の税金で南欧諸国を助けることにもなることから、中核国の国民の理解を得にくい。また、南欧諸国が安易にコロナ債発行での資金調達に依存することで、財政健全化が進まなくなるというモラルハザードの問題も生んでしまう。

イタリアの10年国債利回りは、新型コロナウイルス問題が発生する前には、1.0%未満の水準にあった。問題後は3月18日に2.4%まで上昇したが、ECBが3月18日に7,500億ユーロの緊急の資産購入措置を決めたことで、利回りは3月末に1.2%台まで大きく低下した。それが、ここにきて再び上昇圧力を高め、再び2%台をうかがう状況となっている。きっかけとなったのは、9日のユーロ圏財務相会合で、コロナ債の発行で合意ができなかったことである。

分岐点となる23日のEU首脳会議

ECBの緊急資産購入には参加国の資本構成比で各国国債を買い入れなければならないという制約があるため、イタリア国債だけを大量に買い入れることはできない。また、ECBには、ほぼ無制限に国債を買い切ることができるOMTというプログラムも存在するが、それは欧州安定メカニズム(ESM)による支援が条件となっている。厳しい財政再建や構造改革を要求されることを恐れて、イタリアがESMによる支援を受け入れなければ、OMTによるイタリア国債買い入れも実施できないのである。

各国の中央銀行の機能を捨てて通貨を統合したユーロ圏の国々では、中央銀行による国債引き受けを通じて国のデフォルト(債務不履行)を回避するという道が閉ざされている。その結果、通貨主権を維持している他の主要国と比べてデフォルトリスクが意識されやすく、経済・財政危機の際には国債利回りが上昇しやすい。また、自国通貨が切り下がることで国債利回りの上昇が抑制される、という市場のメカニズムも働かない。各国間で経済格差が残るもと、財政の統一がなされない限り、ユーロ圏では、加盟国のデフォルトリスクは燻り続けるのである。

こうした構造問題を踏まえれば、コロナ債の発行は必要であるようにも思われる。ECBのラガルド総裁も、コロナ債の発行に前向きだ。いずれは、コロナ債が発行される方向となるのではないかと推察される。

ただし、23日に開かれるEU首脳会議でコロナ債の発行の道筋が示されるかどうかは、予断を許さない。道筋が示されれば、イタリア国債は再び安定感を取り戻そう。しかし、そうでなければ、再びイタリア国債の利回りが上昇し、ユーロ圏の金融市場は不安定な状況になる可能性がある。それを受けて、コロナ債の発行に向けた議論がようやく前進していく、という展開を辿るのかもしれない。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。