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景気の基調判断は2009年以来の「悪化」

政府は23日に公表した4月の月例経済報告で、「景気は、新型コロナウイルス感染症の影響により、急速に悪化しており、極めて厳しい状況にある」との基調判断を示した。これは相当に厳しい表現である。

3月の基調判断では、「景気は、新型コロナウイルス感染症の影響により、足下で大幅に下押しされており、厳しい状況にある」としていた。「大幅に下押し」が「急速に悪化」に修正され、また「厳しい状況」が、「極めて厳しい状況」へと判断が引き下げられたのである。

基調判断に「悪化」という表現が用いられるのは、リーマンショック後の2009年5月以来、実に10年11か月ぶりのことである。

リーマンショック時には「悪化」は3か月後

国内景気が急激に悪化していることは、今や誰の目でも明らかではあるが、それは政府が景気判断をする際に通常では重視する、経済指標には未だ十分に表れていない。月例経済報告で示す政府の景気判断は、通常、1~2か月前の経済状況を示す経済指標に基づいて行われる傾向が強いために、その修正が実体経済の変化に対して遅れがちとなるのが常である。

例えば、リーマンショックの際には、リーマンブラザーズ証券が破綻した2008年9月の翌月の10月、そして11月の月例経済報告での景気の基調判断は、「景気は、弱まっている」であった。そして12月になって初めて、「景気は、悪化している」との判断が示されたのである。この時と比べると、今回の政府の基調判断の修正はやや早めだ。

政治的な要素も入る景気判断

このように、月例経済報告で示す政府の景気判断は、経済指標に基づくために修正が遅れがちになる傾向が、局面によっては政治的な判断が影響するという点も特徴の一つではないか。

既に新型コロナウイルスの内外経済への影響が確認されていた今年2月の月例経済報告では、景気の基調判断は「緩やかに回復している」に据え置かれた。このタイミングで景気判断を引き下げれば、昨年10月の消費税率引き上げが経済を悪化させたとして、政府が批判を受ける可能性があっただろう。

新型コロナウイルスの影響がもう少し明らかになった時点で景気判断を引き下げれば、景気情勢の悪化は政府の失策によるものではなく、新型コロナウイルスによって引き起こされたとする説明がより容易となり、政府の責任は回避できる。

しかも、今回は、政府が大型の経済対策を既に決めていることから、景気悪化への政策対応が遅い、との批判も回避できる。

日本銀行の景気判断は政府とはズレる

ところで、4月27日に開かれる金融政策決定では、展望レポートで日本銀行の景気判断も示される。政府の景気の基調判断が、①経済指標によって左右される傾向が強い、②政治的な配慮もなされる、ことが特徴であるとすると、日本銀行の景気判断については、より長めの視点に立った判断であり、振れが比較的小さい、という特徴が伝統的にあると言える。

政府の景気判断は、景気の方向性で決まるのに対して、日本銀行の景気判断は、景気の方向性と景気の水準・局面の双方で決まる傾向が強い。景気の水準・局面の判断は、主に需給ギャップに基づいてなされる。

日本銀行は、「基調としては緩やかに回復している」としていた1月の景気の現状判断を、3月の前回決定会合では、「このところ弱い動きとなっている」へと下方修正した。4月の会合では、現状判断はさらに下方修正されようが、政府の「急速に悪化」という判断と比べれば、よりマイルドな表現にとどまる可能性が高いのではないか。

さらに注目されるのは、先行きの判断である。3月の前回決定会合では、「当面、(中略)弱い動きが続くとみられる」としながらも、「その後は、(中略)緩やかな回復基調に復していく」としていたのである。

景気判断が決定会合の一つの注目点に

4月の会合でも、同様な先行き見通しが示された場合、政府が4月の月例経済報告で、「先行きについては、(中略)極めて厳しい状況が続くと見込まれる」とした判断と食い違ってしまう。もちろんこれは、政府と日本銀行との間では、「先行き」の時間軸が違うことも背景にある。しかし、この判断を受けて、「日本銀行の先行きの判断が楽観的過ぎる」、との批判が出てくる可能性もあるのではないか。

日本銀行が、より厳しい景気判断を示したところで、金融緩和効果に対する期待はかなり低下したため、もはや政府から積極的な追加緩和措置の実施を求められることはないと思われる。そのため、景気判断においても、日本銀行が政府に対して一定程度の配慮を示し、判断を政府に近づける可能性がある。

日本銀行が、伝統的な独自のアプローチにこだわって、政府とやや食い違う景気判断(特に先行き)を示すのか、それとも政府への配慮から、景気判断においても政府に寄せてくるのか。4月の決定会合での一つの注目点である。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。