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国債買入れの説明に財政ファイナンスのニュアンス

日本銀行は4月27日の金融政策決定会合で、①CP・社債等買入れの増額、②新型コロナ対応金融支援特別オペの拡充、③国債の更なる積極的な買入れ、の3つの追加緩和措置を決めた。追加緩和措置は、3月の会合に続いて2回連続となる。これらのうち、実質的な意味があると感じられるのは②だ。

③の国債の更なる積極的な買入れについては、「年間80兆円のめど」を削除し、米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)に追随して、長期国債買入れを無制限にすることがアピールされた。

しかし、日本銀行は2016年9月時点で、既に国債買入れ目標を撤廃している。その後も「年間80兆円のめど」は維持されたが、それはまさに有名無実であり、目標としての役割を全く果たしてこなかったことは、誰の目でも明らかだった。

そのため、「年間80兆円のめど」の削減と長期国債買入れの「無制限化」には、実質的な意味はない。いずれにせよ、国債の更なる積極的な買入れについては、3月の会合で既に決めていることから、追加緩和措置とも言えないのではないか。また、今後、国債買入れを急激に拡大させることもないのではないか。

他方、国債の更なる積極的な買入れについて、対外公表文では「債券市場の流動性が低下しているもとで、政府の緊急経済対策により国債発行が増加することの影響も踏まえ、債券市場の安定を維持し、イールドカーブ全体を低位で安定させる観点から、当面、長期国債、短期国債ともに、更に積極的な買入れを行う」と説明している。ここには、政府の緊急経済対策との協調策であることを、政府を含めて対外的に強くアピールする狙いがあるだろう。いわゆる協調策、ポリシーミックスの演出である。

しかし、この表現には、日本銀行が国債買入れを拡大させる狙いに、金利上昇を抑えることで、国債発行に支えられた政府の財政拡張策が円滑になされることを助ける、という財政ファイナンスのニュアンスが感じられる点が大いに問題だ。少なくともグレーな表現ではある。この財政ファイナンスの問題については、後に議論したい。

企業金融支援の拡充

CP、社債の買入れについては、一発行体当たりの買入れの上限を引き上げる、日本銀行の保有割合の上限を引き上げる、買入れ対象の残存期間を1年以上3年以下から、1年以上5年以下に延長する措置がとられた。

様々な格付けと残存期間の銘柄をまとめて買入れる日本銀行のCP、社債の買入れオペは、以前より市場をかなり歪めてきた。オペの増額によって利回りが一段と下がれば、発行条件を改善させることで、企業の資金調達を助けることになることは確かだ。しかし、その余地は既に限られているのではないか。

また、CP、社債が発行できるのは比較的規模が大きい企業に限られることから、現在、新型コロナウイルス問題で最も大きな打撃を受けている中小・零細企業の資金繰りを助ける効果は大きくない。この点、CP、社債を買い入れることで、企業の資金調達を助け、またそれらに投資する投資ファンドなどノンバンクの経営安定を狙う米国とは、とりまく環境が大きく異なるのである。

間接金融が主体の日本で、中央銀行が企業の資金繰りを助けるためには、銀行が企業向けの貸出を拡大させやすい環境を作ること重要だ。この点に照らすと、3月に新たに導入した「新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペ」を、今回、更に強化することを決めたのは妥当である。

対象担保の範囲を民間企業債務から家計債務を含めた民間債務へと拡大すること、対象先に系統会員金融機関などを新たに含めること、オペ利用残高に相当する当座預金に新たに+0.1%の付利を行うこと、の3つの拡充策が決定された。

2%の物価目標政策は事実上崩壊か

今回の展望レポートでは、成長率、物価上昇率の見通しは大幅に下方修正され、2%の物価安定目標の達成が一段と遠のく姿が示された。

大勢見通しの中央値の発表は今回から示されなくなったが、2020年度の成長率の見通し(大勢見通し)のレンジは-5.0%~-3.0%とかなり低い。政府の経済対策の効果を最大限織り込んで、無理に強めの数字を作ったとの印象は薄く、比較的本音ベースの数字との印象だ。

また、物価見通し(大勢見通し)のレンジは、2020年度が-0.7%~-0.3%、2021年度が0.0%~+0.7%、2022年度が+0.4%~+1.0%と、予想されたよりもかなり低めだ。2%の物価目標達成を目指す姿勢をアピールするため、無理に高めの物価見通しを示す、という従来の姿勢が大きく修正された印象だ。

新型コロナウイルス問題、原油価格の急落という大きな外的ショックを逆手に使って、もともと達成が難しい2%の物価目標の意味合いを大きく低下させようとする意図もここに感じられる。

以前より2%の物価安定目標は、実質的な意味を失っていたが、新型コロナウイルス問題によって、その傾向は一段と強まった。2%の物価目標政策は事実上崩壊したと言って良いのではないか。物価見通しの達成を目指すことが、少なくとも当面の日本銀行の行動を規定することはない。

また、日本銀行は既に景気を浮揚させるための政策手段を失っている。更に、新型コロナウイルスとそれに対する政府の対策が経済を悪化させている現状で、金融政策によって経済を改善させることはできない。

中央銀行の3段階での危機対応策

今回の日本銀行の追加緩和措置を、緊急時の中央銀行の危機対応として、より一般化して捉え直してみよう。

主要中央銀行はいずれも、国債買入れを急速に拡大している。その主な狙いは、国債買入れの拡大による長期利回りの低下を通じて、景気を刺激することではもはやないだろう。国債の買入れ拡大を通じて、銀行への流動性供給を加速(当座預金の残高を急速に拡大)させることで、銀行の資金繰りを助け、金融システムの安定を維持することが狙いだ。これは、マクロ的な側面からのプルーデンス政策(金融システム全体の安定確保を目指す政策)と位置付けることができる。

今回、日本銀行が、国債の更なる積極的な買入れを表明したのは、この第1段階に相当するものだ。しかし、それは既に3月の会合以降実施されてきたことであり、今回の措置に実質的な意味はないのではないか。

国債の買入れ拡大は、金融市場が過度に不安定になった際の、典型的な初期対応策である。

金融市場が一時期よりも安定を取り戻す中、各中央銀行の政策の中心は、既に移っている。第2段階の政策として重要なのは、CP、社債、証券化商品など、従来価格の上昇(利回り低下)が行き過ぎていた金融商品の買入れを拡大することで、証券市場の機能を維持し、企業の資金調達を助けることだ。日本銀行が今回CP、社債の買入れ策を、3月に続いて増強させたことは、この第2段階の政策の一環と位置付けられる。

しかし、CP、社債の発行を通じて資金を調達する企業は限られ、また、問題を抱える低格付けのCP、社債の市場規模も日本ではかなり小さい。そのため、この第2段階の政策は、主に、欧米市場で重要となる。

あえて言えば、銀行によるドルの安定的な調達を維持・確保することが、銀行経営の安定の観点と共に、輸入業者のドル建て代金の支払いを支え、安定的な貿易活動を維持する観点から、日本では特に重要である。

ミクロ・プルーデンス政策が重要に

第3段階の政策は、金融市場の混乱を引き起こす、金融機関の無秩序な破綻や流動性危機を回避する政策だ。欧米では、価格の下落が顕著な信用力の低いCP・社債や証券化商品を保有している投資ファンドや保険会社など銀行以外の金融機関であるノンバンクの経営不安が強まっている。ヘッジファンドを含む投資ファンドでは、顧客の解約要請に応えるために、運用資産の投げ売りを強いられ、それが市場の安定を損ねる事態が既に生じている。

リーマンショック時には、金融危機の主体は欧米の大手銀行であったが、今回は、ノンバンクに移っている。ただし、それは日本については当てはまらない。

経済状況の急激な悪化を受けて、日本では、地域金融機関を中心に融資の焦げ付きや有価証券投資での損失から、この先、経営不安が生じる可能性がある。こうしたなか、日本銀行の政策の重点は、個々の銀行経営の安定確保に努めるミクロ・プルーデンス政策へと、次第に移っていこう。これは2000年代初頭の状況へと戻っていくことも意味する。

国債買入れ拡大による財政ファイナンスのリスクに最大限配慮を

このように、国債買入れの急速な拡大は、金融危機のリスクへの対応としては、第1段階と位置付けられるマクロ的対応である。中央銀行の対応がよりミクロ化していく中で、その重要性は次第に低下していくだろう。

他方、中央銀行が必要以上に、あるいはいたずらに国債買入れの急速な拡大を続ければ、様々な弊害を生むことになる。国債市場を歪め、流動性を低下させること、中央銀行の財務リスクを高めることに加えて、財政ファイナンスのリスクを高めてしまう。そのリスクは、特に日本では際立って高い。

日本銀行がいくら財政ファイナンスではなく、金融政策として国債買入れを拡大させているのだと説明しても、新型コロナウイルス対策で政府が国債発行を拡大させる中で実施すれば、政府と日本銀行が協調して行う財政ファイナンスとの見方を金融市場は強めてしまうのは自然だ。この点から、既に指摘したように、財政ファイナンスのニュアンスが、対外公表文に含まれたことは問題だ。

また、日本銀行が大量の国債を買入れる中では、利回りの上昇リスクを気にせずに、国債の新規発行で財政政策を拡張できる、という認識を政府に植え付けやすい。それは、財政規律が大きく緩んでしまった状態である。それは、いずれ、通貨価値の信認低下を通じて、金融市場の混乱につながる可能性がある。

政府も日本銀行も非常時には危機の対応をする必要があることは間違いないが、それでも政府は、将来の増収策などを通じて財源をしっかりと確保した上で経済対策を進めることが重要だ。将来世代の所得を奪い、日本経済の潜在力の一段の低下につながるような、国債発行による資金調達に安易に頼るべきではない。

他方で日本銀行は、先行き金融市場が安定を取り戻す局面では、国債の買入れ拡大ペースを再び縮小させる、正常化の時期を早期に見計らうべきだ。そして政策の軸を、マクロからミクロのプルーデンス政策へと移していくべきだ。

リーマンショック時以来、財政環境と金融政策の正常化が進まなかったことが、財政・金融政策の両面ともに、政策対応の余地が大きく限られてしまっているという現状につながっていることを、改めて反省してみる必要があるのではないか。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。