&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

助成金の上限引き上げよりも失業増加を防ぐことが優先

政府は、6月17日に期限を迎える今国会会期中に、2020年度第2次補正予算を成立させる方針だ。第2次補正予算には、家賃支援のための給付制度、学生支援策に加えて、雇用維持のための雇用調整助成金制度の拡充策が盛り込まれる方向である。

雇用調整助成金制度の拡充では、助成金の日額上限を現在の8,330円から引き上げることが検討されている。自民党の岸田政調会長はこの上限に関して、日額1万4千~1万5千円への引き上げを政府に提案している。実際、その程度までの上限引き上げとなるのだろう。この水準は、英国が新型コロナ対応で設けた休業補償制度を意識したものである。

この拡充策の趣旨は、休業状態にある労働者が企業から受け取る休業手当への助成金の上限を引き上げて、彼らの生活を支えるというものだ。しかし、この対応は、一人当たり一律10万円を支給する定額給付制度と重複した面があるのではないか。

さらに、今の喫緊の課題では、休業手当助成の増額よりも、失業を増やさないようにすることだろう。それこそが、雇用調整助成金制度の本来の目的であるはずだ。

融資制度と休業手当支援を連動させた2段構えの仕組みも有効か

社会不安を増幅しかねない失業者の増加を抑えるためには、中小零細企業の資金繰りを助けることがまず重要だ。雇用調整助成金制度は、企業が失業手当を支給した後に申請するものである。仮に休業手当の支給分がすべて雇用調整助成金制度で補填されるとしても、手元資金が足りなければ、企業は雇用の削減を選択してしまうだろう。またそれより前に、企業が倒産あるいは廃業して、雇用者が解雇されてしまうだろう。

自民党が政府に提言した家賃支援策では、特別融資で企業の資金繰りをまず助けた上で、家賃支払いのための給付を行う、という2段構えの構造になっている。雇用支援についても同様に、特別な融資制度と雇用調整助成金による休業支援とを連動させた仕組みを、今からでも考えるべきではないか。

ところで、米国は中小企業に対する融資制度「給与保護プログラム」を導入したが、企業が雇用を維持する場合には借りた資金を返済する必要がないという、事実上の給付金、補助金制度である。当初用意された約3,500億ドルの融資枠はわずか2週間で払底し、米政府は追加予算の計上を迫られた。

この枠組みのもとでは、企業はまず資金を得ることができるため、資金繰りが維持されやすい。大企業も利用した、あるいは休業手当が賃金水準を上回るケースが多い、などといった問題点も浮上したものの、なかなかよく考えられた制度だと思う。

もともと日本には雇用調整助成金制度があり、それを拡充しつつ危機への対応を進める、との考えのもとでは、このような思い切った枠組みを新たに作るという発想は生まれなかったのかもしれない。

依然として使い勝手が悪い雇用調整助成金制度

新型コロナウイルス問題が生じた後、雇用調整助成金制度は既に何度か改正されており、休業要請の対象となった企業では、休業手当の100%が同制度によって助成され、企業の負担は生じないようになった。

しかしそれでもなお、上記のように資金繰りに目途が付かずに、雇用者の休業ではなく解雇を選択する企業はあるだろう。助成金を直ぐにもらうことができれば、そうしたリスクを減らすことはできるが、実際には、申請してから助成金を受け取るまでのかなりの時間を要することや、申請の事務負担が大きいことで申請をあきらめてしまう中小零細企業も少なくない。これらも、雇用調整助成金制度の大きな制度上の問題である。

従来は申請から給付までに2か月程度かかっていた雇用調整助成金を、厚生労働省は申請から1か月後の支給を目指す、と4月に発表した。しかし、現在のような経済危機の下では1か月でも長い。

申請書類の準備に非常に多くの労力を費やすことも、企業の申請を阻む要因になっている。従来、申請書類の記載項目は73、提出が必要な書類は10種類以上あったという。厚生労働省はそれぞれ半減を目指すとしているが、それでもまだ多い。

海外の事例も踏まえさらなる制度の見直しを

このように申請に関わる企業の事務負担が大きいのは、不正利用を避けるため、という側面が大きいのではないか。確かに、企業と従業員の雇用保険料支払いによって成り立つ雇用保険制度の資金が、不正に利用されないようにしっかりと管理することは重要だ。しかし、平時はそうであっても、現在は危機対応が必要な局面である。

申請に関わる書類の提出は大幅に簡略化し、またその審査も大幅に簡略化することで、給付を迅速に行うことが何よりも重要だ。その後に、詳細な書類の審査や立入り検査を通じて、不正を摘発していけばよいのではないか。

ちなみにドイツでは、日本の雇用調整助成金制度に相当する制度の申請に必要な書類は、わずか2つだという。また、日本ではまだ可能でないオンライン申請も可能だ。申請から給付までの時間は15日程度だという。さらに、不正防止のための書類の確認は、事前には行わず、事後に抜き打ちで実施するという。

こうした海外の事例を見るにつけ、2次補正予算での雇用調整助成金制度の拡充策については、まだまだ再考の余地が大きいのではないかと感じる。少なくとも、助成金の上限の引き上げが今の最優先課題ではないはずだ。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。