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日本はIT化、デジタル化の遅れを取り戻す機会か

新型コロナウイルス問題が収束しても、経済や産業が元の姿に戻ることはないだろう。多くの人が指摘しているように、感染リスクを減らすため、個人や企業が従来の行動様式を変えるためだ。

IT化、デジタル化で他国に遅れをとっている日本は、それを取り戻す機会にもなるだろう。例えば、リモートワーク(テレワーク)、電子政府、デジタル通貨といった分野である。これらの拡大は、経済効率を高めると同時に、人の移動を減らすことにもつながる。リモートワークが定着すれば、通勤や出張が減ることで、鉄道、バス、航空機などの公共交通機関、タクシーの利用が減り、それらのビジネスは縮小するだろう。

このように、IT化、デジタル化が進展するのりしろが大きい日本では、新型コロナウイルス問題によって、他国と比べて産業構造が変化する余地がその分大きくなるのではないか。

リモートワークの広がりでオフィス需要は低下するか

リモートワークの広がりは、不動産需要に影響を与えることは疑いがない。リモートワークによって、オフィス需要が全体としてかなり減るのではないか、との見方もある。

海外の例を見ると、5月12日に米国サンフランシスコのツイッターは、従業員の大半は在宅勤務を無期限に続けられることを通知した。カナダのITプロバイダー、オープンテキストは、世界に120あるオフィスの半分超を削減する見通しを示した。また、ニューヨークのメディア企業スキフトは、7月に期限が切れるマンハッタン本社のリースを延長しないことを決めた。

日本では、「ニコニコ動画」を運営するドワンゴが、新型コロナウイルス問題収束後も、約千人を原則として在宅勤務とすることを決めた。

またリモートワークが機能することを確認したスタートアップなどは、オフィスの解約を始めている。都内のJR渋谷駅に近いオフィスビルに入居する地域情報サイトを運営するスタートアップ、マチマチは、借りていた約120平方メートルのフロアの退去を4月に決めたという。

新型コロナウイルス問題がオフィス需要に与える影響については、悲観論ばかりではない。グーグルのエリック・シュミット元CEO(最高経営責任者)は、「社員が距離をとって働く必要性が高まり、必要なオフィスの面積はむしろ広くなる」との見方を示している。

確かにそうした面もあるだろうが、従来よりもリモートワークが広がるのであれば、社員同士の距離を確保しても、必要なオフィスの床面積は小さくなるだろう。また、感染リスクを軽減することは、パーティションの設置などでも可能だ。

生活様式、産業構造、人口分布などに不可逆的な構造変化

リモートワークの広がりは、一律にオフィス需要の減退をもたらすもの、とは言えないだろう。リモートワークは、同居する家族との間で様々な軋轢を生じさせる。生活の空間と仕事の空間を同一にすることは、困難を伴うのである。

そこで、会社の支援によって、住まいの近くのシェアオフィスを利用する社員もいる。あるいは、社員の住まいに近い場所でサテライトオフィスを確保する動きもある。この場合、大都市部ではオフィス需要は低下するが、逆に、郊外のオフィス需要は高まることになる。

他方、ビデオ会議で家族の姿が写り込み、あるいは声が入ってしまうような問題が意識されることで、リモートワークの環境を改善させるために、住居の改築需要などは出てくるかもしれない。また、リモートワークで通勤する必要がなくなれば、社員は無理に会社に近い都市部に住まなくても良くなる。そこで、郊外での住宅需要が高まることになるだろう。

このように、リモートワークの広がりは、都市部でのオフィス需要、住宅需要を低下させる一方、それらの需要を郊外へとシフトさせることになるだろう。その結果、人口も郊外に移ることになる。こうした動きは、不動産関連に限らず、様々な産業に地理的な変化をもたらし、価格体系にも変化を生じさせるだろう。

このように、リモートワークの広がりの影響をみるだけでも、新型コロナウイルス問題は、我々の生活様式、産業構造、人口分布、不動産需要、価格体系など様々な側面に、不可逆的な構造変化を生み出すことになるだろう。

(参考文献)
"When It's Time to Go Back to the Office, Will It Still Be There?", Wall Street Journal, May 19, 2020
「忍び寄るオフィス不要論 在宅勤務で利用機会減る」、2020年5月15日、日本経済新聞電子版

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。