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コロナショックで破産申請した米国株が急騰

米国株式市場で個人投資家は、かなりリスクの高い投資を行っている。空前の経済危機の下でも米国の株価が回復基調を辿っている背景には、そうした個人投資家の異例の強気姿勢があるのかもしれない。

6月9日付のブルームバーグ社の記事によると、ここ1週間のうちに、投資アプリ「ロビンフット」で9万6,000人が、米レンタカー会社ハーツ・グループの株のポジションを初めて持った。さらに、米石油会社ホワイティング・ペトロリアムの株を保有するユーザーの数は、過去1日で約1万人増加したという。両者は、ともに連邦破産法11条に基づく会社更生手続きを申請している企業だ。また、個人投資家は、同様に会社更生手続きを申請している小売業のJCペニーへの投資も拡大している。これらの破産企業の株価は、今週初めに約2倍にまで値上がりしている。

破産企業の株価は大幅に値下がりするが、その後は、低水準で大きく変動しやすい。そのタイミングで新規に投資をすれば、投資家が大きな値上がり益を得られることもある。

ハーツ・グループは5月に破産申請し、株価は急落した。しかしその後、株価は800%も上昇したのである。それを主導したのは、個人投資家だ。ハーツ・グループは180億ドルの債務を抱える一方、保有するレンタカーを投げ売りする必要があるというニュースに、解散価値がほぼないと考える機関投資家はハーツ・グループの株を一気に手放したが、個人投資家は逆に買入れを増やしたのである。

また、同じく5月に破産申請したJCペニーの株価は、急落後に底値から472%も上昇した。石油会社ホワイティング・ペトロリアムの株価も、破産申請をした4月の底値から1000%も上昇した。今週月曜日だけで150%も上昇したのである。それらを主導したのも、やはり個人投資家だ。

機関投資家は通常は手を出さない破綻企業の株式投資

過去の例では、破産申請をした企業の株式は通常、その価値をほとんど失う。しかし個人投資家は、破産申請した企業の株式を積極的に購入し、また、破産申請の可能性がある企業にも目を付けているという。破産申請は買いのチャンスということのようだ。

取引ができる短い期間に、利益を上げて売り抜けようというのが、そうした個人投資家の基本的な戦略だろう。ただし一部には、政府の救済措置によって破産が回避され、株価がかなり戻ることを期待する向きもあるようだ。それは、過去の米国政府による大手自動車会社GMの救済などをイメージしているのだろうが、その可能性は実際にはかなり低いだろう。

他方、機関投資家は、破産申請をした企業の株式には通常はほぼ手を出さない。価格の変動率が非常に高く、リスクが極めて高いからだ。彼らにとってそうした株式への投資は、「落ちてくるナイフを掴む」ようなものだろう。

個人投資家は米国市場の大きなかく乱要因

こうした米国個人投資家の果敢なリスクテイク姿勢が、現在の株式市場全体の回復基調を支える一因となっているのだろう。しかし一方で、そうしたリスクテイク姿勢に支えられた個人マネーが、過去には高リスク資産の価格を押し上げ、市場を歪めてきた面もあった。

3月に金融市場が大きく調整した際に、個人投資家には大きな損失が生じたはずだ(コラム「 米国レバレッジ型ETNに潜むリスク 」、2020年6月5日)。それにも関わらず、米国個人投資家がリスクテイク姿勢を再び強めているのは意外である。こうした投資姿勢のもとでは、金融市場がいわゆる「二番底」に向かう際には、さらに大きな損失が個人投資家に生じるだろう。

その際には、個人投資家は、今度は過度にリスク回避に動いて、投げ売りによって市場の調整を増幅してしまう可能性がある。個人投資家は、強気方向、弱気方向の双方で一方向に動きやすい。米国市場の大きなかく乱要因である。

(参考資料)
"Retail stock market investors pile bets on bankrupt US companies", Financial Times, June 10, 2020
"Hundreds of thousands of tiny buyers swam to insolvency stocks", Bloomberg, June 9, 2020

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。