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インフラ計画を迅速化させる大統領令に署名

6月16日の東京市場で株価は大幅に上昇したが、それを大きく後押ししたのが、トランプ政権によるインフラ投資計画の報道だ。同日午前(日本時間)にブルームバーグ社は、景気テコ入れの一環として1兆ドル(約107兆円)規模のインフラ投資計画をトランプ政権が準備している、と報じた。道路や橋などの従来型のインフラ整備が中心であるが、5G(次世代通信規格)のインフラや地方でのブロードバンドの整備にも資金を充てるという。

6月4日には、政府のインフラ投資計画を迅速に進めるための大統領令に、トランプ大統領は署名している。この大統領令は、公共事業や幹線道路プロジェクトのほか、パイプラインといったエネルギープロジェクトを迅速化させるよう、環境面の許認可要件を回避できる緊急権限を、連邦政府機関に付与するものだ。そのうえで、内務省、農務省、国防総省に連邦政府所有地におけるプロジェクトの加速を指示している。

トランプ大統領は支持基盤であるシェール関連などエネルギー産業を支援する考えを、以前から打ち出している。シェール関連など化石燃料の開発を遅らせる規制、および環境上の理由でプロジェクトを阻止する州の権限の縮小を目指しているのである。環境を重視する民主党州知事らとトランプ大統領との対立の構図も、その背景にあるのだろう。

1兆ドルのインフラ投資はGDPを4.7%押し上げる

このように、トランプ大統領はインフラ投資の拡大を既に準備している。新型コロナウイルス問題を受けた従来の経済対策は、企業や個人を支援するセーフティネット策が中心であり、その投入資金に比べて、必ずしも景気刺激効果は大きくなかった。

他方、大規模なインフラ投資が実施されれば、景気浮揚効果は大きいはずだ。仮に投資額が全て付加価値の押し上げに繋がるとすれば、1兆ドルのインフラ投資拡大で、米国のGDPは4.7%押し上げられることになる。波及効果も入れれば、さらに大きくなる可能性があるだろう。こうした大きな経済効果が、株価が大きく上昇した背景にある。

インフラ投資計画はトランプ大統領の焦りの反映か

しかし、インフラ投資の拡大が、果たして現在の米国で優先課題なのだろうか。足もとでは、全米50州のうち半数近い州で、感染者が再び増加し、感染拡大第2波への懸念が高まっている。一部では、外出規制の緩和にブレーキがかかり始めている。インフラ投資の拡大よりも、感染第2波のリスクを抑えることを優先すべきではないのか。景気浮揚策を講じるには、未だタイミングが早いのではないか。

インフラ投資計画は、経済の悪化が大統領選挙の強い逆風であることを意識したトランプ大統領の焦り、そして、自身の黒人差別抗議デモへの強硬姿勢が招いた支持率の急降下に対する焦りの反映と言えるだろう。

第2次大戦後の大統領選挙で、2期目を目指して敗れた現職は3人いる。いずれも任期中に景気後退に陥っているのだ。景気循環を判定する全米経済研究所(NBER)は、過去最長となった米国の景気拡大局面が今年2月に終了したと判断し、リセッション(景気後退)入りを正式に宣言した。

感染拡大第2波を許すことにならないか

第2次石油危機の最中だった1980年にはカーター氏が敗れ、ブッシュ氏(父)が湾岸戦争不況で1992年に敗北している。米ギャラップ社の調査によると、両者の支持率は大統領選挙直前に30%台と低迷していたが、トランプ大統領の支持率も最新で39%まで下がり、赤信号が灯ってきた。

このような政治的な背景のもとで打ち出されるトランプ大統領のインフラ投資計画は、その経済効果の大きさから金融市場では好感されるだろう。しかし、建設活動の活発化が感染拡大に繋がるという点、感染拡大防止に資源が回されなくなるという点に大きな不安がある。拙速な景気刺激策が感染拡大第2波を許してしまう、という大きなリスクをインフラ投資計画が内包している点には留意すべきではないか。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。