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6月の雇用情勢は改善もコロナショック以前に戻る目途は立っていない

米国労働省が2日に発表した6月分雇用統計は、事前予想を上回る改善を見せた。しかし、この雇用の増加は感染の再拡大とまさに表裏一体であり、「感染収束を受けて経済活動が本格的に改善する」、との当初思い描かれていた姿とは異なる形である点に注意が必要だ。

6月の非農業部門就業者数は480万人増と、前月の270万人増から増加幅がさらに拡大した。事前予想の平均は、320万人増程度だった。また、失業率は11.1%へと、5月の13.3%、4月の14.7%から改善した。

過去数か月の統計では、失業者が過小に計上されるという問題が生じている。労働省の労働統計局(BLS)の説明によれば、正しく計上されていれば、6月の失業率は約1ポイント高い12.3%になるという。

雇用者数は2か月連続で増加し、失業率は低下したが、コロナショック以前の水準に戻る目途は全く立っていない。4月の雇用者数は2,000万人以上減少した。3月までは、失業率は半世紀ぶりの低水準である3.5%程度にあったのである。

雇用増加が感染リスクを高める傾向

6月の雇用の増加で特に際立った分野は、娯楽関係、ヘルスケア、小売業などだ。いずれも雇用者が顧客と接触する可能性の高い業種であり、雇用増加が、新型コロナの新規感染をもたらしていると考えられる。

米ジョンズ・ホプキンス大学がまとめたデータによると、米国内で確認された1日当たりの新型コロナウイルスの新規感染者数は、7月1日に初めて5万人を超えた。十分な対策がとられないままに経済活動が再開された結果、雇用の増加と新規感染者の増加が、同時に生じているのである。つまり、雇用環境の改善は、感染再拡大という犠牲の下で実現されている、とも言えるだろう。

ジョンズ・ホプキンス大学金融経済学センターのロバート・バーベラ所長によると、飲食、ホテル、小売りなど、業務で客と接触する確率が高い業種では、雇用者が2~4月に1,080万人減少し、それ以降に450万人回復した。一方、飲食店でのクレジットカードの利用動向は、その後3週間の新規感染者の増減と関連している、との分析もある。

雇用情勢の改善ペースは低下した兆候も

ところで、毎月の米雇用統計は、12日が含まれる週のデータを集計したものである。6月の場合、それ以降の後半の雇用情勢の改善ペースは、明らかに落ちている。

6月27日までの週の新規失業保険申請件数(季節調整済み)は、前週比わずか5万5,000減少の143万件となり、事前予想を大きく上回った。さらに、失業者に相当する失業保険継続受給者は、4週ぶりに増加に転じている。

スケジュール管理ソフトを手掛けるホームベース社のデータによれば、7月1日までの週に飲食店や小売店など小規模事業者に雇用されている時給制従業員の数も、前週より小幅に減少したという。

6月前半の状況を前月と比較した6月分雇用統計は、雇用情勢の改善を示したが、6月の後半にはその改善ペースは低下したと見られる。この点から、7月の雇用統計では、雇用の一段の改善は見られない可能性もあるだろう。

日本にとって米国の状況は「他山の石」

雇用情勢の改善ペースが低下した背景には、経済活動再開の計画見直し、感染対策の強化などがあるだろう。感染者が急増しているテキサス州では、2日に、感染者数20人以上のすべての郡にマスク着用を義務付けた。ニュージャージー州などは店内での飲食を解禁する計画を延期した。

米国の感染対策は、「ストップ・アンド・ゴー」政策に陥った感がある。こうした米国での情勢は、現時点では感染再拡大という犠牲を払わなければ、経済活動の再開が難しいことや、再開に際しては感染拡大防止の対策をしっかりととることが重要であることを示しているだろう。

東京を中心に再び新規感染者数が明確に増加している日本でも、政府は、感染抑制と経済活動再開という2つの目標の間で、具体的な対策を決めかねているように見える。日本は、米国の状況を「他山の石」とすべきであり、その失敗からしっかりと学ぶことが重要だ。

(参考資料)
"U.S. Jobs Rebound Comes with a Cost", Financial Times, July 2, 2020

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。