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高まるバイデン氏の優位

米国大統領選挙戦では、トランプ大統領に対してバイデン氏の優位が一段と強まっている。ウォール・ストリート・ジャーナル紙とNBCニュースが共同で実施した世論調査によると、トランプ大統領の支持率が40%であったのに対して、バイデン氏の支持は51%となり、両者の差は11%ポイントと2桁まで開いた。先月の調査では、バイデン氏の優位は7%ポイントであった。

トランプ大統領が支持率を低下させているのは、コロナ対策への低い評価だ。トランプ大統領のコロナ対策を評価するとの回答は35%で、評価しないとの回答の59%を大きく下回った。評価するとの回答は先月から6%ポイントの低下、3月から8%ポイントの低下と、低下傾向に歯止めがかかっていない状況である。

一方、やや意外でもあるが、回答者の過半数である54%は、トランプ大統領の経済政策を評価すると回答した。これは過去最多の水準だ。

環境対策は企業と雇用にプラスと主張

経済政策でのこうしたトランプ大統領の評価に触発されてか、バイデン氏は7月14日に、地球温暖化対策とインフラ投資に4年間で2兆ドルを投じる政策案を発表した。2035年までに電力部門からの温室効果ガス排出量をゼロに抑えるほか、交通網などインフラの刷新、電気自動車の普及促進などを掲げている。

バイデン氏が環境対策を強調したのは、地球温暖化対策に懐疑的なトランプ政権との違いを強く打ち出す狙いがあるだろう。トランプ政権は、石油・天然ガスや石炭産業の振興を掲げて、オバマ前政権が導入した環境規制を次々と緩和してしまった。

他方で、地球温暖化対策は米国企業に大きなコストをもたらし、企業の国際競争力を削いでしまう、また米国経済を悪化させる、というトランプ政権の主張に真っ向から挑戦し、バイデン氏は、自らのクリーンエネルギーや省エネの促進等の施策は、米国の国際競争力を強化し、むしろ雇用創出につながると強調した。

さらにバイデン氏は、トランプ政権が脱退を決めた地球温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」に復帰し、環境問題で世界をリードするとしている。

バイデン氏の環境対策案は、環境分野に限らず、トランプ政権の下で米国が進めてきた自国第一主義が修正され、再び国際協調路線に戻ることを期待させたという点で、世界にとってはかなり前向きのメッセージとなったのではないか。

バイデン氏は中道路線を維持

他方、米国産業界では、今回のバイデン氏の環境対策案を受けて、同氏の経済政策がかなり左寄り(リベラル寄り)に振れることを警戒する向きがあったかもしれない。

バイデン氏はこれまで、10年間で1.7兆ドルのインフラ投資を掲げていた。今回の政策案ではこれを増額するとともに、民主党内の左派の主張を一部受け入れて、温室効果ガス削減目標を強化したのである。

環境対策案では、バイデン氏は党内融和の観点から左派の主張を一部受け入れたが、しかし、民主党大統領候補をほぼ確定しているバイデン氏は、もはや党内での支持を固めるために、無理に左寄りの主張をする必要はない。11月の大統領本選挙を睨めば、無党派層を取り込むために、本来のバイデン氏の中道寄りの主張を維持することが有効だ。

今回のインフラ投資、環境対策ではやや左派的な一面を見せたものの、党内の極左の主張とは異なる。また、教育分野への重点投資、医療保険制度への支出などでは、極左の意見を排除した中道的な主張を維持している。この点は、貿易政策や税制でも同様である。

金融市場に大きな安心感

バイデン氏は、トランプ政権が大幅に引き下げた法人税率を再び引き上げ、それをインフラ投資、環境対策の財源に充てる考えを示している。しかし、これは、民主党内の左派が主張する程の大幅な引き上げではない。

バイデン氏は、法人税率を28%とする考えを示しているが、これは、トランプ政権以前の35%と現在の21%のちょうど中間の水準だ。つまり、トランプ政権が引き下げた分の半分を戻す考えである。また、個人所得税の最高税率は、クリントン政権下と同じ39.6%に引き上げることを提案している。この水準は、民主党内の左派が望む水準にはるかに及ばない。

このように、バイデン氏がトランプ政権との違いを明確にするために、民主党内の左派的な経済政策を打ち出しながらも、なお、バイデン氏が信条とする中道路線を崩していない。このことから、金融市場は、バイデン氏が無党派層の支持も集めて大統領選挙を制するとの観測を徐々に強めると共に、その場合でも極端に反企業的な経済政策は採用されない、との見方も強めているのである。この点は、金融市場にとって大きな安心感となっているだろう。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。