外国金融機関も米国の制裁の対象に
香港の自治を大きく制限する可能性がある「香港国家安全維持法(国家安全法)」が7月1日に施行されたことを受け、それへの制裁措置を可能とする米国の「香港自治法」が、トランプ大統領の署名で14日に成立した。
ここでは、香港の自治を侵害している個人、団体のみならず、それらと取引がある金融機関も制裁の対象となる点が非常に重要である。実際に対象とされれば、米銀との取引が停止される可能性があり、ビジネスが大きな制約を受けてしまう。
トランプ政権内では、HSBCのドル調達を制限する措置が一時検討された、と報じられている。これは、HSBCが国家安全法を支持する文書に署名したためだ。HSBCのこの対応は、欧米諸国などで広く批判されている。しかし、それ以前には、国家安全法を支持していないと、香港の親中派や中国国営メディアから強く批判されていた。
HSBCは、現在ロンドンに本社を置くが、1865年の創業以来、中国と密接なビジネス関係を続けてきた。2007年までは、税引き前利益の約3分の1以上を欧州で稼ぎだしていたが、リーマンショック後は、アジア地域が収益の柱となっている。2019年には、香港で120.5億ドル、その他アジア地域で64.2億ドルの利益を上げる一方、欧州地域では46.5億ドルの損失を計上している。
こうしたビジネス環境を踏まえれば、国家安全法の支持を中国政府に迫られれば、HSBCはそれを拒むことは難しかっただろう。
香港国家安全法と香港自治法の双方への対応を迫られる
香港自治法のもと、米国務省は、90日のうちに制裁の対象となる個人、団体を特定する。さらにそれから30日~90日のうちに、今度は米財務省が、対象となる個人、団体と大きな取引があることから制裁対象となる外国金融機関の名前を公表する、というスケジュールになっている。
これを受けて、香港に拠点を置く金融機関は、取引先に制裁の対象となる個人、団体が含まれていないかどうか、チェックを始めているはずである。ところが、そうした行動自体が、「外国勢力との結託」を取り締まる国家安全法に違反する可能性も出てくるのである。
実際には、中国政府はそこまで厳しい国家安全法の運用は、少なくとも当面のところはしないと思われるが、米国の制裁の対象となる個人、団体をリストアップするだけにとどまらず、取引先から外す、あるいは口座を凍結すれば、「外国勢力との結託」として国家安全法違反に問われる可能性はあるだろう。
世界の金融機関は2分されていくか
香港に拠点を持つ外国金融機関は、香港自治法のもとでの米国の制裁を回避しようとすれば、中国の国家安全法違反で取り締まられ、一方で、国家安全法に従う行動をとれば、米国の制裁を受けてしまう。まさに、どちらにも動きようがない状況に追い込まれている。
いずれは米国を選ぶか中国を選ぶかの選択、いわば踏み絵を踏むことを迫られる。外国金融機関にとって、こうして香港のビジネス環境は急激に悪化している。
一定数の外国金融機関は、米国からの制裁には耐えられないことから、中国ビジネスを捨てて香港から撤退する道を選ぶ可能性があるのではないか。これは、国際金融センターとしての香港の競争力に、相当の打撃を与えるだろう。しかし、中国ビジネスがまさに中核であるHSBCなどは、容易にはそういう選択はできない。
香港は、米中の対立の主戦場となっているが、その結果、世界の金融機関は、米国寄りと中国寄りとに2分されていく可能性が見えてきたのではないか。
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