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仕送り減少を通じてコロナショックが途上国経済に打撃

黒人差別に反対するデモが全米に広がった背景の一つに、黒人などマイノリティー(少数派)は、飲食店、食料品店、雑貨店の従業員など、人と接する職業に就く比率が高かったことがある。彼らは、相対的に感染する割合や死亡する割合が高い一方で、コロナ対策による店舗閉鎖で職を失う割合も高かったのである。

主要国で働く外国人労働者についても同様であり、非熟練労働を中心に、コロナ問題で職を失う割合は相対的に高かっただろう。そして、職を失った外国人労働者は、本国への仕送りを減らさざるを得なくなり、これが本国である途上国の経済に、大きな打撃を与えている。

さらに、主要国でのロックダウン(都市封鎖)によって、送金業者が休業に追い込まれたことも、出稼ぎ労働者による本国への仕送り送金の大きな障害となっている。出稼ぎ労働者の多くは銀行口座を持っておらず、オンライン送金もできないからである。

2019年の仕送り額は過去最大に

このように、仕送りを通じて、主要国でのコロナ問題が途上国の経済を悪化させている。また、仕送りに頼る生活をしている家計も少なくないことから、コロナ問題は仕送りの減少を通じて、途上国の貧困問題をより深刻にさせている面もある。

世界銀行によると、外国で働くインド、フィリピン、メキシコ、その他の途上国の人々が母国に送った仕送りの総額は、2019年に5,542億ドルと過去最大に達した。この金額は、中・低所得国に対する外国からの直接投資の合計金額よりも多く、また外国政府による新興国支援額の3倍超にあたるという。

仕送りに頼る経済、との印象があるフィリピンでは、外国への出稼ぎ労働者は推計で1,000万人程度にのぼる。フィリピンへの仕送り額は、2007年から2009年の間に21%増えた。この間、オーストラリアやカタール、日本からの仕送りの増加率が高かったという。

昨年の仕送り額は、世界銀行によると計350億ドルと、フィリピンのGDPの実に10%近くに達した。

今年の仕送り額は2割減の見通し

ところが今年の仕送り額が前年比10~20%減る可能性があるとされる。そうなれば、フィリピンでは過去最大の減少率だ。また、それはフィリピンの今年の成長率を1~2%程度も押し下げる計算となる。

フィリピンの出稼ぎ労働者は世界各地に散らばっているため、一部の国で経済が悪化しても、仕送り額全体は大きく減らない、という形でリスクが分散されていた。ところが今回は、コロナ問題の影響は世界の広範囲で生じたことから、そうはならなかったのである。

また、エルサルバドルでは4月の仕送り額が2億8,700万ドルと40%減少した。これは、食糧危機につながったのである。またバングラデシュでも、4月の仕送り額が前年比で24%減った。これは経済を悪化させ、また貧困問題をより深刻にしている。

それ以外でも、ソマリアやハイチ、南スーダンなど経済基盤が脆弱な国や、トンガのような小さな島国は、仕送り減少によって大きな打撃を受ける。こうした国々では、出稼ぎ労働者からの仕送りがGDPの3分の1以上を占めている。また、インドやパキスタン、エジプト、ナイジェリア、フィリピンなどの中進国でも、仕送りは重要な外貨獲得源となっており、経済活動への深刻な影響は免れない。

コロナ問題を受けて、今年の中・低所得国への仕送り総額は、19.7%、金額にして1,090億ドル、日本円で11.7兆円減少するとの見通しを、世界銀行は4月に発表している。

この減少幅は、2008年のリーマンショック後の減少幅の実に4倍にあたる。そして、世界銀行が1980年代に仕送りの統計を取り始めて以来最大だ。

国連は送金手数料の引き下げを呼びかけ

国連のグテーレス事務総長は6月に、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う景気の悪化によって、途上国などから出稼ぎに出ている世界で2億人の労働者が大きな影響を受け、仕送りが減少していることで、それに頼る8億人の本国の家族が貧困に転落していることを強調した。その上で、各国政府や金融機関に対して送金にかかる手数料を下げるよう呼びかけた。

国連は、送金手数料は送金額の平均7%に達していると推定しており、それは外国で働く出稼ぎ労働者にとって重い負担になっている。また国連は、2030年までにその手数料を3%未満に引き下げるように国際社会に呼びかけている。

主要国はコロナ問題で深刻化する貧困問題への対応を

しかし、手数料の引き下げは、現時点での仕送り額の減少に歯止めをかける有効策ではない。まずは、主要国の経済環境が改善し、出稼ぎ労働者の雇用環境が改善しなければ、仕送り額の回復は望めないだろう。

さらに、コロナショックが途上国に与える打撃は、仕送りの減少にとどまらない。主要国経済の悪化は、輸出の減少を生じさせる。さらに、主要国からの投資資金の流入も経済に大きな打撃となる。世界銀行は、2020年に新興国への外国直接投資が35%以上落ち込み、株式・債券市場への資金流入も80%減ると予想しているのである。

日本を含めて主要国は、自国の感染対策に手一杯の状況である。しかし、そうした中で、世界の貧困問題は着実に深刻化している。さらに、途上国経済の悪化、感染対策をより脆弱化し、感染拡大を許してしまう。その感染拡大リスクは、いずれ主要国にも跳ね返ってくるのである。

自国の感染対策に追われて、途上国支援が進まなければ、世界の貧困問題は加速し、また途上国での感染の急速な拡大を許すことになってしまうだろう。手遅れにならないうちに、主要国はしっかりと手を打つべきである。

(参考資料)
"Developing World Loses Billions in Money From Migrant Workers", Wall Street Journal, July 6, 2020

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。