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東京除外で新たに浮上したキャンセル料負担の問題

「Go To トラベル」事業は、実施直前に方針が二転三転したことなどから、大きな混乱を生んでいる。政府は連休前日の7月22日から事業を開始することを、7月10日に発表した。しかし、東京を中心に感染拡大が広がっていることを受けて、東京都民、東京発着分については事業の対象外とすること、つまり補助金を出さないことを、政府は17日に正式に発表したのである。

そこで新たに生じたのが、キャンセル料負担の問題だ。「Go To トラベル」事業に基づいて旅行を予約した東京都民にとっては、旅行費用が当初の想定の最大で2倍(補助分が旅行代の半分の場合)に跳ね上がる。あるいは、それをキャンセルする場合にはキャンセル料が発生することになり、大きな不満を生じさせたのである。また、顧客のキャンセル料を自ら負担する方針を示す旅行代理店も多く出てきた。

「Go To トラベル」事業は、そもそもコロナ問題で大きな被害を受けた旅行関連業界を支援することが目的だったはずである。しかし、旅行代理店がキャンセル料を負担する、あるいはホテル側がキャンセル料を取らない場合には、そうした旅行関連業界にむしろ打撃を与えることになり、まさに本末転倒となってしまう。

除外された東京都民の予約分は338億円

そこで政府は、今月10日から17日までの予約分について、事業者に対してキャンセル料の最大3割程度となる「実損相当額」を補償する方針を、21日に公表した。

当コラム(「 東京除外で減少するGo To トラベルの消費押し上げ効果は1.5兆円程度か 」、2020年7月17日)では、「Go To トラベル」事業によって、個人の旅行関連支出は1年間で8.7兆円増え、GDP成長率を1.57%押し上げると試算した。さらに、東京都民が除外されることで、除外されない場合と比べてこの支出は1年間で1.54兆円減少し、1年間のGDP成長率を0.28%押し下げると試算した。

ただし、この計算では、「Go To トラベル」事業による補助を受けることを前提に、既に旅行を申し込んだ都民の支出が、除外措置によってどのように変化するのかは考慮されていなかった。そこで、以下ではこの点について新たに考えてみたい。

「Go To トラベル」事業に基づく個人の旅行関連消費は、1年間で8.7兆円と推定されるが、キャンセル料補助の対象となる今月10日から17日までの8日間で予約された分は、日数割で1,900億円と仮定する。そのうち、東京都民の予約分を、全国に占める東京都の個人所得の比率である17.8%(平成28年度)とすれば、その金額は338億円となる。

予約分の8割、270億円が東京都民のキャンセル分

「Go To トラベル」事業から東京都民が除外されたことで、予約分がすべてキャンセルされれば、その分、個人消費は338億円減る計算となる。

しかし実際には、補助金がなくなっても予定通りに旅行に行く都民もいるだろう。仮に、補助金がなくなることで旅行費用が2倍になる(補助の比率が半分である場合を想定)際には、個人の支出は80%減少(価格弾性値0.8)する計算となる(コラム「 東京除外で減少するGo To トラベルの消費押し上げ効果は1.5兆円程度か 」、2020年7月17日)。つまり、予約分の8割がキャンセルされる計算となる。

ここから、東京都民が除外されたことで旅行が取りやめられることで生じる、個人消費の減少分は、338億円の8割の270億円と試算されるのである。

政府のキャンセル料補償は個人消費を減らす

今回の政府の方針転換によって、東京都民にキャンセル料は発生しないこととなった。仮にキャンセル料が課せられる場合には、旅行を取りやめない人の比率がもう少し高くなるはずだ。例えば、キャンセル料が発生することによって、旅行を取りやめる考えを撤回する人の割合が半分と仮定すれば、個人消費の減少分は、338億円の4割の135億円程度となる。

注目されるのは、政府がキャンセル料を補填し、東京都民にキャンセル料の負担が生じないことによって、既に予約をしていた東京都民の旅行支出は、その分減少してしまうということである。

それは、概算ではあるが、270億円と135億円との差135億円、といった規模に達する可能性が考えられる。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。