追加緩和策への期待は9月以降
米連邦準備制度理事会(FRB)は28日に、金融政策を決める連邦公開市場委員会(FOMC)を開催した。29日まで2日間続く。当局者は、新型コロナウイルス問題が、米国経済に対して長期間深刻な打撃を与える可能性があるとし、当面はその影響を見極める姿勢を見せている。そのため、今回のFOMCでは金融政策の現状維持が決まるとの見方が大勢である。
他方で、9月以降のFOMCでは、追加緩和策あるいは今後の金融政策運営の方針が打ち出される可能性がある。その時期は、今後の経済・金融情勢とFOMC内での議論の収斂度合いによって決まるだろう。
金融市場の動揺と経済の急速な悪化を受けて、FRBは3月以降、資産買入れのプログラムを次々に打ち出した。しかし、思ったほどには需要は伸びず、利用は進んでいないのが現状だ。
それは、FRBが資産買入れのプログラムを打ち出したことだけで、社債、CPの市中金利は低下し、企業の資金調達コストは低下したため、企業はFRBに直接買入れてもらう必要性が薄れた、という面もある。FRBの資産買入れのプログラムを使って資金を調達するとむしろ割高になる、あるいは制度が複雑すぎる、等の批判もある。
バランスシートの拡大ペース鈍化は危機対応の必要性低下を示唆
FRBのバランスシートの規模は、コロナショック前の2月には4.2兆ドルであったが、資産買入れのプログラムやその他の流動性供給策の影響で、6月には7兆ドルにまで膨れ上がった。
しかしその後は、バランスシートの拡大ペースは鈍化したのである。ウォールストリート・ジャーナル紙のエコノミスト調査によると、今年年末時点でのFRBのバランスシートの水準の予測値は、5月には平均で9.3兆ドルであったが、7月調査では8.7兆ドルに下方修正された。
その背景には、資産買入れのプログラムの利用が想定よりも低調であることに加えて、流動性供給の規模が縮小していることがある。3月には4,400億ドル規模に達していた銀行に対する翌日物の貸出(レポ)は、現在ではなくなっている。また、中央銀行間のスワップ協定に基づく外国中央銀行に対するドル供給は、5月の4,490億ドルから、先週時点では1,220億ドルまで減少している。
これらは、資産買入れのプログラムと流動性供給を通じたFRBの危機対応の必要性が低下していることの反映と言える。この観点からは、望ましいことであるとも言える。
YCC導入への市場の期待は行き過ぎか
しかし、FRBはこうした危機対応を徐々に解除していって良いのかどうか、現状では未だ判断を留保している。今後、米国経済の悪化が際立つ、あるいは金融市場が再び不安定となれば、これらの危機対応を強化する必要が生じるだろう。
そうならなかった場合に、初めて次のステップへと進むことができる。それが、冒頭で指摘した、9月以降のFOMCで予想される追加緩和策あるいは今後の金融政策運営方針の提示である。コロナショックを受けて、FRBは通常の金融政策運営の枠組みを一度崩してしまった。その再構築をする必要がある。
金融市場では、FRBの追加策として、日本銀行に倣ってイールドカーブ・コントロール(YCC)を導入するとの期待が高まっている。しかしYCCには、国債買入れを無制限に拡大させてしまうリスクがあることや、FRBが政府の国債管理政策に関与することを強いられるリスクがあること等から、少なくとも近い将来導入に向けてFRB内でコンセンサスが成立する可能性は高くないだろう(「 危機対応を続ける米金融政策:YCC導入の是非がいずれ議論に 」、2020年6月10日、「 日銀のイールドカーブ・コントロール(YCC)を値踏みするFRB 」、2020年6月24日)。
また、日本や欧州諸国に倣ってマイナス金利政策を導入する可能性はさらに低い。それは、銀行の収益を損ね、MMFからの資金流入を招いて金融市場を混乱させるなど、多くの問題を抱えているからだ。法的な面での制約も大きい。
追加措置はフォワードガイダンスが有力か
9月以降のFOMCで示される追加緩和策は、金利を直接動かすタイプではなく、政策金利の先行きの方針を示す、いわゆるフォワードガイダンスとなる可能性が高いのではないか。「何年も先までゼロ金利が続く」との見通しは、既にFOMC参加者の予測としては示されているが、これをFOMCで正式に決めた方針として打ち出すのである。
さらにその場合には、2%の物価目標と紐づける形で示し、コロナショックで一時的に放棄された感のある物価目標政策の再構築を図るのではないか。例えば、「物価上昇率が2%を十分に超えるまで現在の政策金利を維持する」といったフォワードガイダンスが考えられるだろう。
これは、日本銀行が採用しているオーバーシュート型コミットメントに近いものだ。こうしたフォワードガイダンスは、フィラデルフィア地区連銀のパトリック・ハーカー総裁、ダラス地区連銀のロバート・カプラン総裁によって支持されていることが、報道により明らかになっている。
長期平均で2%を目指す物価目標政策へ修正か
さらに、こうしたフォワードガイダンスは、昨年来FRBが議論を重ねてきた、「金融政策の枠組み変更」を反映したものでもある。枠組み変更では、2%の物価目標政策で2%が事実上の目標の上限とならないようにすることが図られるだろう。つまり、景気後退時には物価上昇率が目標水準の2%を下回ることが避けられない中、景気回復時には2%を超えることを容認して、長期的な平均で2%になることを目指す、ということがFRB内でほぼコンセンサスになっていると見られる。
こうしたフォワードガイダンス及び新しい物価目標政策の方針は、現在市場で形成されている先行きの金利観と、大きく異なるものではない。従って、これらによって金融市場が大きく動くことはないだろう。
逆に、YCCなどの追加緩和策を部分的に期待していた市場には、失望感が生じるかもしれない。足もとでのドル安や金価格の高騰などが、こうした追加緩和策の期待に支えられたものである場合、秋以降のFRBの金融政策姿勢を受けて、反動が生じる可能性がある点にも留意しておきたい。
(参考資料)
"Fed Slows Buying as Pressures Abate", Wall Street Journal, July 27, 2020
"Fed Deliberates How and When to Roll Out More Economic Support", Wall Street Journal, July 27, 2020
プロフィール
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。