FRBの金融緩和策に行き詰まり感
コロナショックを受けて、米連邦準備制度理事会(FRB)は、3月に政策金利をゼロ近傍まで一気に下げるとともに、資産買入れや貸出拡大を通じてバランスシートを大幅に拡大させる金融緩和策を次々に打ち出した。
しかし、こうした政策には限界も見られ始めている。FRBは政策金利をマイナスの水準へとさらに引き下げることは慎重だ。それが大きな弊害を生むと考えるためだ。その場合、これ以上の政策金利の引き下げ余地はない。
一方、金融市場の混乱を受けてFRBは資金供給を拡大させたが、その動きも一巡してきている。中小企業向けの「メインストリート融資制度(MSLP)」の利用も、予想外に広がっていないのが実状だ。
FRBが考える金融緩和策は、政策金利の引き下げ、資産買入れなどを通じたバランスシート拡大、フォワードガイダンス(政策金利・資産買入れの政策方針)の3つである。このうち最初の2つについては、既に行き詰まり感が広がっているのである。
物価目標政策の新たな方針と同時に政策金利のフォワードガイダンスを示す
そこでFRBは、物価目標政策について新たな方針を示すという、金融政策の大きな枠組み変更を打ち出すのと同時に、それと結び付けて、新たな政策金利のフォワードガイダンスを示す可能性が高そうだ。3つ目の金融緩和手段である。
具体的には、今後、景気情勢の回復と共に物価上昇率が徐々に高まっていくとしても、相当期間は政策金利を引き上げない、という方針を示すのである。これは、物価上昇率が2%に接近しても予防的な金融引き締め策は実施せず、中長期的に物価上昇率が2%程度になるような政策を行う、という物価目標政策の新たな方針と整合的なものとなる(コラム「 FRBの政策枠組み修正は物価目標の達成を本当に助けるのか 」、2020年8月11日)。
新たな方針と整合的であることをアピールしつつ、金融緩和措置としてのその有効性を高める狙いがあるだろう。
市場へのインパクトは限られる
ただし、相当期間は政策金利を引き上げない、というのは、既に市場でコンセンサスとなっているため、FRBが物価目標政策の見直しと新たな政策金利のフォワードガイダンスを同時に示しても、市場へのインパクトは限られよう。それは、追加的な緩和効果が目立って生じないことを意味するのである。
FRBは、物価目標政策の見直しを大きな金融政策の枠組み修正であるとして、それを高らかにアピールするのだろうが、金融市場はそれをも冷めた目で受け止めることだろう。政策方針ではなく新たな金融緩和手段の導入を期待してきた金融市場の一部には、失望感が広がる可能性もある。
FRBの信認が傷つく可能性も
他方で、物価上昇率が2%に接近しても予防的な金融引き締め策は実施しないという方針、いわゆる「ビハインドザカーブ」の政策方針には、大きなリスクがある点には留意したい。
景気情勢の改善と共に物価上昇率が高まる局面で、FRBがそれに対して静観を続ければ、市場には先行きの物価上昇率が急速に高まってしまうとの懸念が生じる。それは長期金利を大きく上昇させるなど、金融市場を不安定にさせる可能性があるだろう。
そうしたリスクが顕在化した場合には、FRBは市場の安定確保のために金融引き締めに動かざるを得ず、結局は、物価上昇率の上振れを容認する「ビハインドザカーブ」の政策方針を維持することができなくなる可能性もある。それは、FRBの信認を大きく傷つけることになるかもしれない。
金融市場の動揺、金融システムの不安定化につながるリスク
それ以上に問題なのは、物価上昇率の上振れを容認し、低金利を長期化させること、あるいはそうした政策方針を強く示すことは、金融市場に大きな行き過ぎ、不均衡を作り出してしまうことではないか。それが、いずれは金融市場の動揺、金融システムの不安定化につながってしまう可能性はないだろうか。
FRBの新たな政策方針を、金融市場は冷ややかに受け止めるだろうが、それが仮に金融の安定を損ねるリスクを高める方向に働いてしまうのであれば、悪い形での政策方針転換になったとの評価が、後世に下される可能性もあるのではないか。
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