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期待される経済政策の大幅転換

24日に連続在任期間が過去最長を記録したばかりの安倍首相が、持病の悪化を受けて辞任の意向を発表した。現時点で後任は明らかでないが、誰が後任になっても当面の経済政策に大きな変化はないだろう。それは、当面の政策はコロナ対策に注力されるはずであり、独自の経済政策の特徴が表れるのは、来年に入ってからではないか。

デフレ克服を第一に掲げて、積極金融緩和と財政出動を通じて需要を喚起しようとしたのが、現政権の経済政策の特徴だろう。しかしそれは弊害も生んだのである。過度な金融緩和は金融機関の収益性を損ねる、財政規律を緩める、金融市場の機能を損ねるなどの弊害を生んだ。金融緩和の明確な効果は確認できていないと思う。

他方で、財政健全化が進められない中、国債発行は増加を続け、将来世代に負担が転嫁される中、将来の成長期待は低下し、企業の設備投資、雇用、賃金の抑制が続いた。これらは、経済の潜在力を損ねてしまったのである。

コロナショックを機会として3つの経済効率化を進めよ

次の首相が現政権の経済政策の効果と副作用をしっかりと検証するのであれば、経済政策の重心は、需要創出から経済効率を高めるサプライサイドの政策に移っていく可能性がある。またそうすべきである。詳細についてはコラム「 歴史的長期政権はコロナショックを機に経済政策の大幅転換を (2020年8月19日)」を参照されたい。政府が、骨太の方針で「デジタルガバメント」を一丁目一番地の政策に掲げた点にそうした兆しも見られることから、期待したいところだ。

経済効率を高めるサプライサイドの政策は、コロナ問題が残る今だからこそ、進めることができるという面もある。キャッシュレス化支援を含めたデジタル化の推進、東京一極集中の是正を通じた地方の資源の有効活用、コロナショックの打撃を最も受けた低生産性のサービス業での生産性向上に向けた構造改革が、最も重要な3つの政策だ。

金融政策の正常化には追い風に

他方で、安倍政権の退陣は、誰が後任になるかに関わらず、日本銀行の金融政策の正常化を後押しするのではないか。日本銀行は国債買入れ額の削減など事実上の正常化を進めてきている。また、従来よりも金融機関の収益への配慮を強め、金利引下げに慎重になってきている。

新政権が再びデフレ克服に注力する可能性はあるが、その際でも、現政権のように金融緩和が柱とはならないだろう。もはや政府、国民の間で、金融緩和効果への期待は大きく低下している。

安倍政権の退陣とともに日本銀行が金融政策の正常化を明示的に一気に進めることにはならないが、事実上の正常化は進み、また将来の正常化に向けた地均しは進むのではないか。ただし、金融政策が明示的に転換するのは、日本銀行の黒田体制が終わるタイミングだろう。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。