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妥協点が見いだせない追加対策を巡る与野党協議

米国では、追加のコロナ経済対策を巡る与党・共和党と野党・民主党との間の対立が続いており、着地点は未だ見えない状況だ。両者の協議は8月初旬に決裂し、その後は進展がない状況が実に1か月近くも続いている。厳しい経済、雇用情勢が続く中、経済政策が機能停止の状態に陥っており、米国型民主主義の弱点が浮き彫りになったかのようである。

トランプ政権並びに共和党は1兆ドル規模の対策を提案する一方、民主党はその2倍超の2兆2,000億ドルを提案し、両者間で規模の開きは大きい。最大の争点は、7月末で期限が切れた失業保険給付に対する週600ドルの上乗せ策の扱いである。共和党は大幅減額、民主党は同規模での継続を主張している。また民主党は、新型コロナウイルス検査や追跡調査、学校および経済活動の安全な再開に向けた支出増加も主張している。

8月28日に大統領首席補佐官は、当初の上院共和案に3,000億ドル上乗せした1兆3,000億ドル規模であれば、トランプ大統領は受け入れる用意があるとの見方を示し、民主党にやや歩み寄る姿勢を見せた。しかし民主党は、それを強く拒否し、2兆2,000億ドル規模が最適との主張を変える兆しを見せていない。

その後、また新たな提案が共和党側から出された。上院共和党は、両党間で意見の隔たりが大きい政策については後回しにし、合意できる部分だけで5,000億ドルのより小規模な対策を議会で成立させるように主張したのだ。

これはより現実的な提案のようにも思えるが、規模は民主党の提案から一層小さくなることから、民主党にそれを受け入れる姿勢は見られない。上院共和党は来週の採決を目指しているが、民主党のペロシ下院議長は、そうした暫定的な措置は受け入れないとしている。

コロナ対策事業で不正疑惑も浮上

既存のコロナ経済対策に不正疑惑が足もとで生じていることも、追加対策を巡る両党間の協議をより難しくさせるだろう。3月に成立したコロナ対策の中に、雇用維持を含めたコロナ対策に使うことを条件に、返済を求めない融資を中小企業に行う「給与保護プログラム(PPP)」が盛り込まれた。

ところが米下院の民主党議員を中心に構成される新型コロナウイルス危機特別小委員会は9月1日に、同制度を通じた不正な融資件数が数万件に達し、その規模は数十億ドルに上る可能性がある、との報告書を発表している。

ただし、条件を満たさない企業が同制度を不正に利用することは、当初から予想されていたことだろう。それを一時的に容認することと引き換えに、迅速な支援が実現できたとも言える。不正利用を防ぐために厳しい審査が行われる日本の雇用調整助成金制度が、雇用支援措置として迅速に機能しなかったのと対称的である。

それでも多くの不正の発覚は、追加的なコロナ対策の検討をより慎重にさせるだろう。

さらに、この給与保護プログラムの執行に関しても、一種の不正疑惑が浮上している。同事業は米中小企業庁が担っているが、中小企業庁はその事業をバージニア州ハーンドンに拠点を置くRERソリューションズという小規模なコンサルティング会社に委託している。さらにその事務処理業務の大半は大手住宅ローン会社ロケット・カンパニーズの子会社に再委託されたのである。

RERソリューションズに対して、中小企業庁は少なくとも7億7,000万ドルと巨額な手数料が支払われている。さらに、RERソリューションズに対する業務委託で作成された連邦政府の契約書の公開文書には、再委託についての記載はなかったのである。これは、日本の持続化給付金事業に関連して一時期注目された問題に酷似している。

そしてこの問題も、追加コロナ対策を巡る議会審議を、より難航させる要因となるのではないか。

世論の動向が重要に

追加コロナ経済対策を巡る与野党の対立は、下院を制する野党の民主党が、トランプ政権と共和党が進めようとする対策の実施を阻んでいるようにも見えなくはない。しかし一方で、民主党案の方が共和党案よりも規模が大きく、コロナ対策により積極的なようにも一般的には見えるだろう。

両党が安易に譲歩しないのは、11月の大統領選挙を見据えてのことであるが、そうした両党の姿勢に対して、国民の評価は今のところ明確ではない。国民の関心は、経済対策よりも人種差別問題などに向けられているからではないか。

今後、追加対策の成立を阻んでいる責任がどちらの政党にあるのか、次第に世論が形成されていくだろう。その時点で、より批判を受ける政党が、大統領選挙への悪影響に配慮して、合意に向けた譲歩をするのだろう。両党の膠着を早期に崩すのは、世論の形成しかないのではないか。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。