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米国で株価急落

9月3日(米国時間)の米国市場で株価は突然の急落を見せ、ダウ工業株30種平均は引け値で前日比807ドル安となった。下落幅は一時1,000ドルを超える場面もあった。これを受けて、9月4日の東京市場でも、株価は大きく下落している。

米国ハイテク株の下落が株式市場全体の下落を主導したが、株価の調整を引き起こす特段の材料があった訳ではない。先行きのコロナ感染状況及び経済動向に不透明感が極めて高い中で、株価が今まで堅調に推移してきたことで、米国での3連休を前に利益確定の動きが広がった、との見方が一般的である。これが本格的な調整局面に入る転機となった可能性もある。

ところで、足もとの株式市場の動きで議論を呼んでいたのは、株価とVIX指数が同時に上昇していたことだ。VIX指数はS&P500種株価指数の予想変動率、いわゆるボラティリティを示す指標で「恐怖指数」とも呼ばれ、オプション取引の値動きをもとに算出されている。

株価とVIX指数の関係が正常化か

両者は通常は、負の相関を示しやすい。株価が堅調地合いにある時には、VIX指数は低位で安定しやすい一方、株価が調整局面にある際には、VIX指数は上昇しやすい。VIX指数は市場での先行きのボラティリティの予想を示すものといっても、実際にはその予想は足もとの市場動向に左右されやすいのである。

この点から、株価上昇とVIX指数上昇が同時に生じる足もとまでの状況は、やや意外感を持って市場で受け止められていた。VIX指数の上昇が先行きの株式市場の動向を正確に予見しているのであれば、株価が調整する形で両者の関係が通常に戻ることが予想された。

あるいは、VIX指数の上昇が誤っているのであれば、株価の堅調な動きが続く中で、いずれはVIX指数が低下して、両者の関係は通常に戻ることが予想されたのである。実際には、前者のケースとなった。株価の上昇が続く中でも、株式市場は先行きの株価調整への警戒を強めていたのである。

大統領選挙結果が直ぐに確定しないリスクを市場は警戒

ところで、米国株式市場が警戒する先行きのボラティリティ上昇は、株価の行き過ぎた上昇への警戒だけではない。11月の米国大統領選挙によって市場のボラティリティが大きく高まることもまた、強く警戒されているのである。

それは、大統領選挙の結果受けたボラティリティ上昇というよりも、大統領選挙の結果がすぐに確定せずに、混乱が生じることで生じるボラティリティ上昇への警戒である。大統領候補の投票数の差が僅かであったため、選挙結果の確定が12月までずれ込んだ、2000年の大統領選挙の再燃が警戒されているのである。さらに、郵便投票による不正の増加を理由に、仮に選挙で敗れても、トランプ大統領がその結果を受け入れない可能性も想定されている。

各大手投資銀行は顧客に対して、大統領選挙後の市場の混乱、ボラティリティの上昇に対する注意を喚起している。

ボラティリティ上昇のリスクに対する市場の警戒感は最高潮

大統領選挙後の混乱を受けて株価が大きく下落することを、VIX指数先物でヘッジする取引がある。VIX指数先物の9月限と11月限月を買い、10月限月を売る「バタフライトレード」が広がっているという。10月限月は、10月21日の決済期限後の月に予想されるボラティリティを反映するもので、この時期に11月3日の大統領選挙が含まれる。

9月限、11月限と10月限の価格の差は、投資家が大統領選の時期をまたいでボラティリティに支払うプレミアムを反映しているが、それは異例の高水準となっているのだ。大統領選後に市場のボラティリティが高まることを、いかに投資家が強く警戒しているかを裏付けている。

コロナショックによる歴史的な経済悪化の下での異例の株価上昇と大統領選挙の2つの事象がもたらすボラティリティ上昇のリスクに対して、市場の警戒感はまさに最高潮に達している。

(参考資料)
"U.S. Election Priced as Worst Event Risk in VIX Futures History", Bloomberg, September 2, 2020
"Mystery Solved: Days Like This Are What the VIX Warned About", Bloomberg, September 3, 2020

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。