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主要3中央銀行の金融政策は移行期に

先週の欧州中央銀行(ECB)理事会に続き、今週は、日米で金融政策を決定する会合が相次ぎ開かれる。米連邦準備制度理事会(FRB)は15~16日に米連邦公開市場委員会(FOMC)を開き、日本銀行は16~17日に金融政策決定会合を開く。ともに金融政策の変更は見送られ、現状維持が決まる可能性が高い。

主要3中央銀行の現在の金融政策は、コロナショックを受けた「危機対応」から、それ以前の通常の金融政策運営に戻っていく移行期、端境期にある。そのため、いずれも様子見姿勢、静観姿勢が続いている。

しかし、3つの主要中央銀行が置かれた状況は、微妙に異なる面もある。先週、金融政策の現状維持を決めたECBは、内部での意見対立が激しい。足もとでは経済状況がやや安定してきたことを受けて、コロナショックを受けた危機対応策、つまりパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)を縮小していくことを主張するグループがある。

一方で、ラガルド総裁も含め、ECB内には物価上昇率の下振れを強く懸念する意見も高まっている。さらに、対ドルでのユーロ高進行によって、物価下落圧力が一段と強まることへの警戒も高まっているのである(コラム「 物価上昇率の下振れで日本化を警戒するECBと各中銀のデフレ対策 」、2020年9月8日)。

デフレ回避、日本化回避の観点から、ECBはパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)を増額、延長する措置を実施する、あるいは、FRBに倣って物価目標政策を修正する可能性が、今後は見込まれる。

しかし現状では、ECB内での意見調整ができていないこと、緩和策を実施すれば、米国との間で通貨戦争の様相が生じる可能性があること等から、先週の理事会では現状維持が決定されたと見られる。

FRBのフォワードガイダンス提示にはまだ時間がかかる

FRBは、8月27日に物価目標政策方針を修正する、金融政策の枠組み見直し策を決定した(コラム「 FRBの物価目標政策の方針見直しは妥当か 」、2020年8月28日)。

これは、政策の軸足が危機対応から通常時の対応へと移ってきていることの表れであるが、この新たな方針だけでは、金融政策の変更とはならない。これに基づいて、政策金利の先行きの見通し・方針を示すフォワードガイダンスを発表することで、初めて、危機対応後の通常時の金融政策姿勢のもとでの追加緩和策となる。

しかし、9月15~16日のFOMCでは、新たな政策金利のフォワードガイダンスの提示は見送られる可能性が高い。パウエル議長を筆頭に、コロナショック後の米国経済にはなお不確実性が高い、との意見がFRB内で優勢であり、危機対応にまだ軸足を残す必要があること、追加緩和措置がドル安を生じさせれば、ECBとの間で通貨政策を巡る軋轢が高まる可能性があること、フォワードガイダンスの具体策については、まだFRB内でコンセンサスができていないこと(コラム「 FRBの新たな政策方針はいつ示されるか 」、2020年8月21日)、などが背景にあるだろう。

日本銀行が棚上げした物価目標政策への復帰時期に注目

日本銀行が危機対応を終えて、それ以前の通常の金融政策運営姿勢に戻る時期は、ECBやFRBと比べてかなり遅れるだろう。コロナショックを受けて日本銀行は、2%の物価目標の達成を一時棚上げし、さらに、政策の中心を政府の政策を側面から支える形で、企業・雇用を支援する資金供給策に据えたのである。これが日本銀行の危機対応措置だ。そして、そうした政策姿勢は、国民からも支持されることから、できるだけ長く続けたいと日本銀行は考えているのではないか。

日本銀行が金融政策運営を再び2%の物価目標の達成に結び付けた時点で、政策は通常モードに戻ることになるが、それは来年になるのではないか。物価目標と実績との乖離が欧米と比べて著しく乖離している日本では、FRBのように、物価目標政策方針を修正するといった小手先の対応では如何ともし難く、実際、それは実施しないだろう。

当面は、物価上昇率の下振れ状況を見極めたうえで、2%の物価目標の達成に結び付ける通常の金融政策運営に復帰するタイミングを、慎重に探ることになる。復帰の際に、2%の物価目標を明示的に修正することは考えにくいが、より中長期の目標であることを滲ませるような、何らかの目標の柔軟化を示唆する可能性はあるのではないか。それは、将来の明示的な金融政策正常化の布石となるだろう。

日本銀行は新政権の下でも政策姿勢が変わらないことをことさら強調か

日本銀行が、近い将来、政策金利や資産買入れの変更などの本格的な追加緩和策を実施することは考えにくい。16~17日の金融政策決定会合でも、政策変更は見送られる可能性が高い。

比較的近い将来、追加的な措置が実施される可能性があるとすれば、菅新政権が秋以降に実施する3次補正のもとで、企業・雇用の支援策が拡充、修正される場合だろう。その際に、日本銀行の資金供給策に何らかの修正がなされる可能性が出てくるだろう。菅政権の政策姿勢がまだ見極められない、また、可能性は小さいが日本銀行に対して政策要請をするリスクを踏まえれば、現時点では日本銀行は動きようがない。

17日に開かれる金融政策決定会合後の記者会見で黒田総裁は、安倍政権の終焉と菅新政権の発足が、金融政策に影響を与えることをことさら強く否定するだろう。政策変更の観測が円高など、金融市場に影響を与えることを回避するためだ。また、菅新政権のコロナ対策にも引き続き全面的に協力し、企業・雇用を支援し続ける姿勢も強調するはずだ。

しかしそれでも、安倍政権の終焉と菅政権の成立は、多少長い目で見れば、日本銀行が金融政策を修正し、また、その自主性や政策の自由度を取り戻していく大きなきっかけになり得るのではないかと思われる(コラム「 安倍首相辞任で金融政策は変わるか 」、2020年8月31日)。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。