米機関投資家が中国のドル建て国債を積極購入
米中対立の主戦場が金融分野へと広がる中、中国政府はドル建て国債の発行を通じてドル建て負債を増やす一方で、資産側の外貨準備でドルから円へと運用構成をシフトさせる、という行動を足もとで見せている。
先週、中国政府は国際市場でドル建て国債を発行した。償還期間3年、5年、10年、30年の国債で総額は60億ドルと、昨年記録した過去最高額に並ぶ規模だ。米国の投資家向けの私募債も含まれ、米投資家は5億ドルの30年債発行で全体の47%を購入するなど、旺盛な買い意欲をみせた。
ここからは、米中対立の影響は感じられない。しかし、実際にはそうとは言えないようだ。このドル建て国債の発行では、13行がアレンジ業務を担当した。中国勢4行に加え、米バンク・オブ・アメリカや米シティグループ、英スタンダード・チャータードなどの外国銀行が起用された。ところが、今まで中国の米ドル建て債のアレンジャーを毎年務めてきたHSBCが、今回は外されたのである。
HSBCは米中の板挟みに
HSBCは、香港の自治を損ねた中国及び香港の主要人物と取引しているとして、米国が、ドル調達の制限などの制裁措置を検討しているとされる銀行だ。中国が、米国に配慮してHSBCをアレンジャーから外した可能性も考えられる。しかしそれよりも、中国政府とHSBCとの関係悪化の方がより影響したのではないか。
中国ビジネスに大きく傾斜しているHSBCは、中国との関係を維持するために香港国家安全法に賛成したことで、米国やその他先進国から批判を浴びた。しかし中国政府は、香港国家安全法への賛成の意思表示が遅かったとして、HSBCに強い不満を抱いている。中国共産党系の新聞、環球時報は9月に、中国の国家安全保障を損なう企業などに制裁を発動することを狙った「信頼できないエンティティーリスト」に、HSBCが載る可能性があると報じている。
HSBCは、米国と中国との板挟みとなり、厳しい状況に追い込まれているのである。
中国による日本国債の購入拡大
一方、中国による日本の国債の購入が足もとで急増している。中長期債(1年超)の買越額は、4月から7月の間に1兆4,614億円と米国の2兆7,700億円に次ぐ大きさとなり、前年同期の3.6倍にまで膨らんだ。また最新の7月の値は7,239億円と、2017年1月以来3年半ぶりの高水準に達している。
背景は明らかではないが、中国は外貨準備の運用で、ドルから円へとその構成をシフトしている模様だ。そこには、米中対立が影響しているのではないか。中国が米国財務省証券の保有を減らすことは、米国の長期金利の上昇を通じて米国経済に打撃を与える可能性がある。これは、金融面で中国が米国に対抗できる数少ない手段の一つである。この意味で米中対立は、米中間そして日中間の資金の流れに影響を与えている。
ただし、中国による日本の国債の購入の背景には、政治的要因に加えて、経済的な要因もあると考えられる。そのきっかけとなったのは、コロナショックだ。コロナショックを受けて、米国の金利水準は大幅に下落した。その結果、米国国債に対する日本国債の相対的な魅力は高まったと言える。10年国債金利で見れば、米国国債の方が日本国債に対して、現在0.75%程度、依然として高いものの、インフレ率あるいはインフレ期待を差し引いた実質金利では、日本国債の方が高い。これは、為替リスクを加味すると、日本国債の金利の方が高く、より魅力的であることを意味しよう。
政治的背景と経済的背景の双方
さらに、中国は、目先のドル安リスクも警戒しているのではないか。米国の大統領選挙後に選挙結果が決まらず、政治・社会的に混乱が起きる可能性がある。これが、ドル安を生じさせれば、中国が保有するドル資産は目減りしてしまう。他方でそれは、ドル建ての負債が目減りし、自国通貨建てでドル建て債務が減少することも意味するのである。
このように、足もとでの中国のドル建て国債の発行、外貨準備の構成でのドルから円へのシフトは、米中間での政治的要因と、経済的な要因いわゆる実利の双方を背景にして起こっていると見られる。ここに、コロナショック後の大きな国際政治・経済環境の変化の一端をうかがい知ることができるだろう。
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