異例の勝利宣言で米国社会の分断克服を訴える
米国大統領選で勝利を確実にした民主党のバイデン氏は、米国時間の7日夜(日本時間8日午前)に、地元であるデラウェア州ウィルミントンで、約15分間の演説をした。
敗者となった候補が敗北宣言を行った後に勝者が勝利宣言を行うのが通例であるが、現時点ではトランプ大統領は負けを認めず、法廷闘争に持ち込むことで選挙戦を続ける考えを示している。こうしたなか、バイデン氏の演説は、異例の「敗者なき勝利宣言」となった。
演説の中でバイデン氏は、「国民の勝利だ。米国社会の分断ではなく、融和を求める大統領になる」として、米国社会の分断克服を訴えた。ただし、争いを終わりにするとのフレーズは、大統領候補の勝利宣言としては、いわば決まり文句であり、これが、バイデン政権が成立した場合の政策姿勢に大きく影響する訳ではないだろう。
トランプ大統領も、2016年の前回大統領選挙の際の勝利宣言では、「米国民全体の大統領となる」と約束していた。しかし実際は、過去4年の間に米国社会の融和どころか分断を煽る言動の方が目立った。トランプ政権の下で、以前からある米国社会の分断傾向は、より固定化してしまったのである。そのことは、今回の大統領選挙・議会選挙の結果にも如実に表れている。
バイデン氏は、本気で米国社会の分断克服を志向しているのかもしれないが、有効な策を見出すのは難しいだろう。
米国第一主義から国際協調路線へ
社会の融和を訴える一方で、バイデン氏は当然のことながら、トランプ政権の政策を転換し、トランプ離れを進める考えも強調している。人種問題や格差問題への対応を進めるとともに、トランプ政権のコロナ対策を一変させる考えを表明している。科学的根拠に基づく対策を標榜し、科学者、専門家を直ぐにも集結させて、来年1月の政権発足直後に新たなコロナ対策をスタートさせる考えだ。
また、「コロナ感染の抑制なくして経済再生はない」との考えを改めて示し、経済再建を優先したトランプ政権との政策姿勢の違いを鮮明にした。コロナ対策を巡るこうしたバイデン氏の主張は正しいものであり、政権を担った際には、政策の大転換を断行して欲しいところだ。
演説の内容は米国民向けであり、国内政策が中心であったが、バイデン政権が成立すれば、大きく変わるのはむしろ国内政策よりも対外的な政策だ。この分野は、議会勢力が拮抗した状態であっても、大統領の権限がより及びやすいためだ。
トランプ政権のもとでの米国第一主義は、国際協調路線へと大きく転換されるだろう。国際協調を国是とする日本にとって、同盟国である米国が国際協調路線へ回帰することは、あらゆる対外的な政策がやりやすくなるはずだ。
トランプ大統領が敗北を認めてない段階で、日本、ドイツ、フランス、英国の首相が一早くバイデン氏に勝利の祝辞のようなメッセージを送ったのも、トランプ政権への批判の表れなのではないか。
中国対先進国の構図がより強まり国際社会分断のリスクはむしろ高まるか
貿易政策ではトランプ政権から激しい攻撃を受けた中国は、バイデン氏の勝利を大いに喜ぶ国の一つだろう。しかし、実態はもう少し複雑であるかもしれない。
バイデン政権の国際協調路線は、トランプ政権の下で揺らいだ先進国グループの結束を再び強めることになるだろう。その場合、「米国」対「中国」という対立の構図から、「先進国」対「中国」という構図がより強まり、中国にとってはさらに厳しい状況に追い込まれる可能性もある。
「先進国」対「中国」という構図は、香港自治の問題をきっかけに、既に強まってきていた。バイデン政権のもとでは米中間での貿易摩擦は緩和されるだろうが、人権問題などを巡る対立はより強まる可能性がある。また、デジタル人民元構想なども影響して、対立が通貨・金融分野にもより広がっていく可能性があるだろう。
そうしたもとで中国は、先進国に対抗するための独自の経済圏、通貨圏、決済制度などの構築を進め、新興国地域で友好国の取り込みに注力していくだろう。
米国社会の分断への対応に加えて、バイデン政権は、世界経済・金融・社会の分断回避への対応も、強いられることになるのではないか。
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