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「実行計画」は生産性向上に焦点を当てる

政府の成長戦略会議は12月1日に、コロナ問題を受けた新たな成長戦略の方針を示す「実行計画」を公表した。7月に政府が閣議決定した「骨太の方針2020」に基づき、それを具体化し、肉付けをしたものだ。「骨太の方針2020」では、コロナ問題で露呈した日本経済の多くの弱点からヒントを得て、日本経済再生に向けた新たな施策を進める、との考えが示されていた。

従来、骨太の方針で示されてきた財政健全化への言及がなくなり、既に形骸化した2025年度のプライマリーバランス(財政基礎収支)黒字化の目標が、修正されずに放置されたままであるのは大いに問題だ。

ただし、その問題はあるとしても、「骨太の方針2020」で示された問題意識を、この「実行計画」で受け継ぎ、より具体的な計画へと発展させたことは評価できる。また、労働生産性上昇率(及び労働参加率)の引き上げに目標が設定されたことは、全く正しいことだ。

小規模事業者の淘汰を目的としない

「実行計画」には、2050年カーボンニュートラル達成に向けた施策など、新しい政策を含め、多くの施策の計画が網羅的に示されている。その中で、菅政権が掲げる経済政策の柱の一つでもある、「中小企業の構造改革」に注目したい。中小企業の状況も様々であるとはいえ、平均的に見れば生産性の水準が低い中小企業の生産性を引き上げることは、日本全体の生産性を高める近道であるかもしれない(コラム「 中小企業の構造改革を促す3つの柱 」、2020年11月20日)。

「実行計画」の第7章「足腰の強い中小企業の構築」では、「中小企業政策が、小規模事業者の淘汰を目的とするものでないことは当然」と説明されている。これは、最低賃金引上げを通じて、低賃金労働で成り立っている低い生産性の中小企業の退出を促すことで、中小企業の平均生産性を引き上げることを政府が検討している、との観測を否定するもので、妥当な説明だ。

最低賃金の引き上げを通じて中小企業の退出を促せば、優良企業も廃業に追いこまれてしまうという大きな問題がある(コラム「 最低賃金引き上げによる経済活性化策、中小企業再編策に潜むリスク 」、2020年10月2日)。

事業継承が大きな課題に

中小企業全体の生産性を引き上げるには、既存の中小企業の生産性を引き上げる、生産性の高い中小企業の参入を促すことに加えて、生産性の高い中小企業の廃業を抑える、という政策が重要である。

後継者不足・不在によって、生産性の高い中小企業が廃業を強いられるケースが少なくないためだ。これは、日本経済にとって大きな損失である(コラム「 廃業する中小企業には優良企業が少なくない 」、2020年11月4日、「 中小企業の事業継承の実態と課題 」、2020年11月6日)。

補助金と税優遇で中小企業の業態転換、M&Aを支援

そこで、「実行計画」では、コロナショックを受けた中小企業が業態転換を通じて生産性、競争力を高めること、M&Aを通じて後継者問題を抱える中小企業を存続させ、さらに生産性を高めることを支援する方針が前面に打ち出されてている。具体的措置として、「新たな補助金制度の整備を検討する」と明記された。

他方で政府は、中小企業の再編を税制面から促す措置も検討している。企業買収後の想定外の損失に対応できるように、買収費の一部を準備金として計上し、それを損金として算入できるようにする。さらに、買収後も雇用を維持し、給与の増加を支援するため、給与総額の増加分の一定割合を税控除する措置も検討されている。また、中小企業の設備投資の1割を税額控除とする措置も検討されている。

こうした措置に促されて、中小企業のM&Aや業態転換が増加すれば、それは金融機関にとっても新たなビジネスチャンスとなるだろう。他方で、事業承継のためのM&Aは、既に銀行やネット企業の間で積極的に実施されているところである。この分野での政府の支援策は、補助金、税制での対応にとどまってはいけないだろう。より広域に情報共有がなされ、企業のマッチングが達成されることを促すよう、民間の取組みに積極的に関与していく姿勢も、政府には重要なのではないか。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。