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PEPPとTLTRO3の拡大・延長は市場のコンセンサスに

12月10日の理事会で、欧州中央銀行(ECB)は追加の金融緩和策を実施する可能性が高い。ラガルド総裁は、今回の理事会で政策の見直しを行う考えを、事前に表明している。さらに見直しの対象として、コロナ禍で新設した国債などの資産購入の特別枠(PEPP)1兆3,500億ユーロと、ECBが銀行に超低利で資金を貸し出す制度(TLTRO3)の2つを挙げている。

金融市場では、PEPPの期限を現在の2021年6月末から2021年末まで延長し、それに合わせて総額を5千億ユーロ程度上積みする、との見方がコンセンサスになっているのではないか。さらに、TLTRO3も2021年末まで6か月延長するとの見通しが多い。ただし、実施されるのがこのような追加緩和措置であれば、市場は既にそれを織り込み済みである。

市場に意外感(サプライズ)をもたらす緩和措置となる場合には、以上の施策に加えて、通常の資産買い入れプログラム(APP)の拡大、PEPPの2022年半ばまでの延長、TLTRO3のマイナス1%の最低金利の引き下げ、などがその候補になるではないか。

ユーロ高への警戒を強める

感染第2波の影響によって、欧州経済は今秋に悪化傾向を再び強めた。ユーロ圏の10-12月期の実質GDPは前期比マイナスに転じた可能性が高く、景気の2番底懸念が現実のものとなりつつある。そうした中でも、ECBは追加緩和の実施を見合わせてきた。それは、金融緩和手段と効果の限界が意識される中、経済対策は財政政策に期待したい、とするECB内での意見の反映であったかもしれない。

しかし、新型コロナウイルス復興基金を巡っては、ハンガリーとポーランドが承認を拒否しており、設立が遅れている。さらに足もとではユーロ高傾向が強まっており、それが経済や物価に与える悪影響への懸念をECBは強めている。こうしたもとでは、今まで見合わせてきた追加緩和も、このタイミングでは実施せざるを得ないだろう。通貨高対策は、財政政策ではできないのである。

ワクチン接種はゲームチェンジャーとなるか

ところで、先行きの欧州経済にとって光明となるのが、ワクチン接種である。英国では既にワクチンの接種が始まった。欧州連合(EU)では、年内に新型コロナウイルスのワクチンが承認される見通しだ。ワクチン接種開始が、経済改善につながるとの期待も高まっている。しかし、市民の間ではワクチン不信が根強く、接種の広がりに時間がかかる可能性があるだろう。

世界経済フォーラムの調査によると、1年以内にワクチンを接種する考えを示したのはフランスで54%、スペインでは60%にとどまっている。多くの国では、接種を義務化しない方向の中、ワクチン接種が国民の間に浸透し、それが経済の正常化に結び付くまでにはなお時間が必要だ。ラガルドECB総裁も、ワクチンの承認が「ゲームチェンジャーとなるかは分からない」と語っており、それに過度に期待しない姿勢である。

ECBが打ち出す金融緩和措置が、市場の期待を上回るものではない場合には、市場には大きな影響を与えない。期待外れに終われば、ユーロ高に弾みがかかるきっかけを作ってしまう可能性もあるだろう。また、来週の米連邦準備制度理事会(FOMC)で市場の期待を上回る追加緩和措置が打ち出されれば、対ドルでのユーロ高は一段と進む可能性がある。

ECB内でユーロ高への警戒が強まれば、市場の期待を上回る追加緩和措置を講じるべき、との意見が理事会で力を増すことになるだろう。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。