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GOTOトラベル事業は15日間一時停止

政府は12月14日の夜、GOTOトラベル事業を全国的に一時停止する方針を固めた。停止期間は12月28日から1月11日までの15日間である。また、27日までについても、東京、大阪、名古屋、札幌への到着分は停止する。

政府は「勝負の3週間」として、一部都市でのGOTOトラベル事業の一時停止、飲食店の営業時間短縮、高齢者や疾患を持つ人の旅行を控えることの要請などを通じて、規制や参拝などで人の移動が激しくなる年末・年始までに感染拡大を抑え込む戦略であった。しかし、「勝負の3週間」の終盤に入っても感染拡大に歯止めがかからないことから、それを事実上修正したものだ。

また、菅首相は、GOTOトラベル事業が感染拡大のリスクを高めている証拠(エビデンス)はないとして、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が11日に、感染が急増するステージ3相当の対策が必要な地域について、GOTOトラベル事業の一時停止を提言した後も、GOTOトラベル事業の大幅見直しはしない考えを明確に示していた。

しかし、その後も感染拡大が広がる中、GOTOトラベル事業の見直しを求める世論が高まり、それが内閣支持率の低下にもつながったことなどを受けて、政策の軌道修正を余儀なくされた。

見直し決定の時期は遅れた感はあるものの、その決断は評価したい。

失われる消費押し上げ効果は893億円と試算

GOTOトラベル事業は、国内旅行需要を1年間で8.7兆円増加させると試算される(コラム「 東京除外で減少するGo Toトラベルの消費押し上げ効果は1.5兆円程度か 」、2020年7月17日)。しかし、実際には消費者の感染リスクへの警戒などから、それほどの消費押し上げ効果は生じていない。7月から10月までのGOTOトラベルを利用実績から推定すると、消費押し上げ効果は月間1,809億円、年換算で2兆1,708億円と推定される(コラム「 GOTOトラベル見直しの是非とその経済効果 」、2020年11月24日)。

GOTOトラベル事業を全国的に15日間停止した場合、失われる消費押し上げ効果は893億円と試算される。年率換算でGDPの0.39%と、相応の経済への打撃が生じることは覚悟する必要がある。

GOTOトラベル事業は感染収束後に

しかし現在、感染リスクが全国的な広がりを見せる中、GOTOトラベル事業には、感染リスクを高めてしまうこと、比較的規模の大きい観光業者にその恩恵が偏ること、といった問題がある(コラム「 GOTOトラベルの抜本的見直しが妥当な局面に 」、2020年12月11日)。

感染リスクに十分に配慮しながら、個人が旅行を楽しむこと自体には問題ないと思うが、GOTOトラベル事業は国費による補助金でそうした旅行を積極的に後押しするもので、個人の合理的な判断を歪め、感染リスクを過度に高めてしまっている面があるだろう。

また、旅行関連業者の支援は確かに必要であるが、中小事業者も含めてしっかりと支援するのであれば、追加の給付金支給の方がより妥当な政策ではないか。

政府の当初の方針通りに感染リスクが低下した後であれば、GOTOトラベル事業の問題点はかなり減少するだろう。ただし、感染リスクが低下すれば、政府が補助金で背中を押さなくても消費者は旅行に出かけるため、そもそもGOTOトラベル事業は必要ない、とも言えるのではないか。

緊急事態宣言再発動の経済損失はGOTOトラベル停止の影響を大幅に上回る

政府は経済の再開と感染リスク対策の両立を掲げるが、両者には必ず矛盾する部分が出てくる。そうした局面では、政府は感染リスク対策に軸足を置くべきではないか。その方が多少長い目で見れば、経済活動正常化の助けになるだろう。

GOTOトラベル事業を全国的に15日間停止する場合、既に見たように893億円1,809億円の経済損失が生じる。

しかし、GOTOトラベル事業の継続が感染者を一段と拡大させ、結局、緊急事態宣言を再び発動するような事態に至る場合には、経済的損失は格段に大きくなるだろう。緊急事態宣言は、4月の個人消費を10.7兆円、5月の個人消費を11.2兆円押し下げたと推定される。これと比較すれば、893億円の経済損失はかなり小さいものだ。

こうした点からも、今回のGOTOトラベル事業の一時停止は妥当な決定だ。感染拡大が続く場合には、停止時期のさらなる延長も政府は検討して欲しい。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。