大統領就任後の最初の10日間で10もの大統領令
バイデン次期大統領の就任式が、1月20日(水)に首都ワシントンで行われる。議会議事堂乱入事件を受けて、各州から大量の州兵が投入されるなど、ワシントンは現在、厳重警戒態勢下にある。さらに、全米50州の全州都とワシントンで武装した集団が抗議活動を行う可能性がある、ということがFBI(連邦捜査局)の内部資料から明らかになっている(コラム「 トランプ大統領に史上初の2回目の弾劾訴追 」、2021年1月14日)。
まずは、大統領就任式が無事に執り行われ、平和裏に政権移行が実現するかが、金融市場の関心事である。その後には、バイデン次期大統領による大統領令が、金融市場の注目点となろう。トランプ大統領は2017年の大統領就任直後に、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定の協議からの離脱を決めるなど、オバマ政権の政策を大統領令で次々と覆していった。同様のことが、バイデン政権の下でも起こるのである。
大統領首席補佐官に指名されているロン・クレイン氏がメモで明らかにしたところによると、バイデン次期大統領は、就任後の最初の10日間で、新型コロナウイルス問題、経済悪化、気候変動、人種差別の4つの危機に対応するため、10程度の大統領令に署名する方針だという。
まず就任式当日の20日(水)にバイデン次期大統領は、「パリ協定」へ復帰し、13のイスラムの国やアフリカからの入国を禁じたトランプ大統領の大統領令を破棄し、また連邦職員や州を越えて移動する国民にマスクの着用を義務付ける大統領令に署名する見通しだ。
21日(木)には、新型コロナウイルスの検査を拡大し、労働者を感染から守る措置と公衆衛生基準の確立に関わる大統領令に署名する見通しだ。
そして22日(金)には、閣僚に指名した人達に対して、新型コロナウイルス問題によって経済的打撃を受けている国民を救済するための措置を講じるよう命じる予定だ。
翌週にもバイデン次期大統領は幾つかの大統領令に署名する予定である。その中には、学生ローンの猶予延長、米国製品の購入促進(Buy American)などが含まれることが予想される。中・小型車の100%電気自動車化、洋上風力発電を倍増するプロジェクト推進などの大統領令に署名する可能性もある。
トランプ大統領が残す負の遺産
議会議事堂乱入事件と下院での弾劾訴追を受けて、トランプ大統領に対するイメージは、短期間のうちに相当に悪化してしまった。米調査会社ピュー・リサーチ・センターは15日に、トランプ大統領の支持率が就任後初めて3割を切り29%になったとする世論調査結果を発表している。
こうした環境下では、バイデン新大統領が正式に誕生し、トランプ大統領の政策を大統領令で次々と覆していくことは、政策が好転するとの期待をさらに強めることになり、金融市場の楽観論を後押しするだろう。
ところで、トランプ大統領は退任を直前に控えて、次々と大統領令に署名している。そこには、バイデン次期大統領によって自らの政策が覆されることを妨げる狙いがある。バイデン次期大統領はそれらを大統領令によって破棄することができるものの、それが簡単ではないものもある。
例えば、1月5日にトランプ大統領が署名した、アリペイ、ウィーなど8つの中国系アプリとの取引を禁じた大統領令だ。この大統領令の発効は45日後、つまりトランプ大統領退任後の2月となる。バイデン次期大統領の政権移行チームはすでに、トランプ氏の退任間際に発令され、退任後に発効する行政措置については、停止や見直しを行う考えと発表している。
しかし、この大統領令を破棄すれば、反中機運が強い議会では、民主、共和双方から批判を受ける可能性がある。他方で破棄しなければ、中国からの報復措置を受ける可能性がある。まさにバイデン次期大統領がこうした苦境に陥ることを狙って、トランプ大統領はこの大統領令に署名したのである。
バイデン次期大統領は、民主党が議会でも上下両院で過半数を制するなど、トランプ大統領と比べて良好な政策執行環境を手にしている。しかし、トランプ大統領の米国第一主義のもとで同盟国からの信頼を失ったこと、先般の大統領選挙を巡る混乱や議会議事堂乱入事件を受けて、米国の民主主義制度が広く世界からの信頼を失ったことは簡単には挽回できない。トランプ大統領が残した負の遺産に、バイデン次期大統領は長らく苦しめられることになるのだろう。
(参考資料)
"Joe Biden will use his executive authority to build momentum during his first days in office", Wall Street Journal, Jan. 16, 2021
プロフィール
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木内 登英のポートレート 木内 登英
金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。
※組織名、職名は現在と異なる場合があります。