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2020年度成長率見通しを小幅下方修正

日本銀行は1月20・21日の金融政策決定会合で、大方の予想通りに金融政策の現状維持を決めた。他方、感染拡大や緊急事態宣言の再発令による足もとでの経済情勢の悪化を受けて、展望レポートでは2020年度の成長率見通しを小幅に下方修正した。

2020年度の実質GDP成長率の予測値(大勢見通しの中央値)は-5.6%と、前回(2020年10月)時点での-5.5%から、小幅に下方修正された。他方で、2021年度については、同+3.6%から同+3.9%へと上方修正された。感染拡大や緊急事態宣言の再発令を受けて、2021年1-3月期の成長率はにわかに下振れリスクが高まっている。一般に、年度最後の四半期での成長率の下振れは、当年度の成長率よりも翌年度の成長率により大きくマイナスに働く。

それにも関わらず、2021年度の成長率見通しが上方修正されたのは、別の要因を反映したためだ。それは、政府が閣議決定した経済対策である。今回、2021年度の成長率は+0.3%ポイント、2022年度の成長率は+0.2%ポイント上方修正された。

2021年度物価上昇率見通しは今後マイナスへ

他方、消費者物価上昇率の見通しは、2020年度が前回比で+0.1%ポイントの小幅上昇修正、2021年度も+0.1%ポイントの小幅上方修正となった。消費者物価上昇率の押し下げ要因となるGOTOトラベル事業の影響は、2020年度については前回見通しの-0.2%ポイントで据え置き、2021年度については+0.1%ポイントと前回見通しの+0.2%ポイントから小幅下方修正となった。

それでも、2021年度の消費者物価上昇率の見通しが小幅上方修正となったのは、政府の経済対策の効果を反映して成長率見通しを上方修正したことの影響、と解釈できるだろう。

ところで、大手キャリアによって次々と発表されている携帯電話通信料金引き下げの影響が、日本銀行の消費者物価上昇率の見通しにどのような影響を与えたのかは、大いに気になるところである。しかし、それらは消費者物価指数への反映方法次第でその影響は変わり得るため、今回の物価見通しには織り込んでいない、という。

しかし実際には、その影響は今後大きく表れてくるだろう。この点を考慮すれば、今回の見通しで+0.5%となっている2021年度の消費者物価見通しの中央値は、早晩、マイナスへと引き下げられよう。需給ギャップの悪化という一時的要因だけでなく、経済構造を反映する潜在成長率の水準を考慮に入れても、物価上昇率の基調は既にマイナスの領域に入っていると考えられる(コラム「 潜在成長率から考える日銀の物価目標 」、2021年1月20日)。

「金融緩和の点検」は副作用対策か

決定会合後の総裁記者会見では、次回3月の決定会合で公表予定の「金融緩和の点検」に質問が集中した。日本銀行は、明らかにこの記者会見を「金融緩和の点検」の発表に向けた地均し、期待のコントロールを行う機会として利用する狙いがあった。総裁は、「金融緩和の点検」の考え方について、詳細な想定問答を用意して記者会見に臨んだのである。

総裁は、イールドカーブコントロール導入のその後の経済に与えた影響、所期の効果を挙げたかどうかを点検する、金融仲介機能に与える副作用を点検する、と「金融緩和の点検」の考え方について説明した。

また、金融緩和の長期化が予想される中で、政策の持続性を高め、緊急時の機動的対応の余地を探りたい、メリハリのある政策運営を検討したい、等との説明もあった。これは明らかに、政策手法の柔軟化を意味している。

そして、効果と副作用のバランスを考え、「費用対効果」の面でより効果的な政策を模索する、としている。副作用を軽減することで、「効果-副作用」で算出される「ネットの効果」を高める新たな政策手段を採用した、との説明が3月にはなされるのではないか。

総裁は「副作用対策ではない」と強調していたが、実際には「金融緩和の点検」は副作用対策が中心となるだろう。

政策の柔軟化と事実上の正常化

既存の緩和策のうち、記者会見で総裁が多く言及したのはイールドカーブコントロールであった。従って、「金融緩和の点検」を受けて見直す手段の中心となるのは、イールドカーブコントロールとなりそうだ。10年国債利回りのより大きな変動幅を容認する形にスキームを修正し、流動性低下など市場機能の低下リスクを軽減することを目指すだろう。それと同時に、長期・超長期の利回りの上昇を促すことを通じて、銀行の収益環境、金融仲介機能の改善を狙う、ことが考えられる。さらに、ETFなどリスク資産の買入れについても、年間目標に拘らない、より柔軟な運用が採用されるのではないか。それはETFの買入れ額をさらに抑制することにつながろう。

日本銀行は、3月の「特別当座預金制度」の導入で、政策金利-0.1%のマイナス金利政策を事実上修正する。金利についても量についても、共に数値的な目標を曖昧にしていくような政策修正が模索されよう。これは政策の柔軟化であるとともに、正常化の一環と捉えるべきだ。

また、「金融緩和の点検」を受けて、中小企業の競争力向上に資する業態転換やM&A、地球温暖化対策、デジタル化に資する企業の設備投資への銀行融資も「特別プログラム」の対象に加えていくなど、政府との協調策をよりアピールすることも見込まれる(コラム「 物価下振れに『金融緩和の点検』で先手を打つ日本銀行 」、2020年12月18日)。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。