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コバックスはファイザー社製のワクチンを確保

新興国とりわけ低所得国でのワクチン接種の遅れは、先進国も含めた世界の感染抑制にとって大きな懸念である。さらに、それは世界経済にとってもリスクとなっている。

世界保健機関(WHO)は1月22日に、新興国にワクチンを供給する国際的枠組み「コバックス(COVAX)ファシリティ」を通じた新型コロナウイルスのワクチン供給を、2月に開始すると発表した。コバックスが、米製薬大手ファイザーなどが開発したワクチンの4,000万回分の供給を受けることで同社と合意したことが、それを可能にした。コバックスは、英アストラゼネカ社など他の製薬各社とはワクチンの供給を受けることで既に合意に達していたが、それらはWHOが未だ承認を済ませていない。ファイザーのワクチンは、現時点で唯一WHOが承認を済ませているものだ。

ファイザー製のワクチンは高価であるため、今までコバックスは、それを調達の対象に入れてこなかったという経緯がある。しかし、先進国がワクチン確保に動く中、他のワクチンの確保が難しいことから、高価なファイザー製のワクチンの調達を決めたのである。コバックスは、2021年中に92の新興国に、人口の27%にあたる18億回分のワクチンを届ける計画をしている。しかし、ファイザー製のワクチンを対象に入れたことで、計画実施に必要な予算は当初計画を上回ることになってしまうだろう。この点から、ファイザーとの合意は、コバックスの枠組みが上手く機能していることを意味しているものではない。

WHOは、先進国が自国のためのワクチン確保に動く結果、コバックスによるワクチン確保が進まない、と先進国を強く非難している。また、コバックスに参加する先進国に、さらなる費用の負担を求めている。

低所得国でのワクチン接種の遅れは今年の世界のGDPを5.7%押し下げる

WHOはまもなく、低所得国でのワクチン接種が遅れることは、先進国経済にも大きな打撃になるということを示す分析レポートを公表する予定だ。それを通じて、先進各国にコバックスへのさらなる協力を求める狙いがあるのだろう。レポートの公表前に、フィナンシャル・タイムズ紙がその概要を以下のように報じている(注)。

低所得国でワクチン接種が遅れ、感染抑制が遅れれば、それは経済の回復を遅らせることになる。その場合、低所得国が先進国から購入する最終財の需要が落ちることになる。それに加えて、先進国が低所得国から輸入する中間財の調達にも支障が生じ、それは先進国での生産活動にも悪影響を与える、というサプライチェーンを通じた経路も指摘できる。この両面から、先進国経済にも相応の悪影響が及ぶのである。

同レポートで示された標準シナリオは、「先進国では高齢者や基礎疾患を持つなど優先的にワクチン接種が必要な人に対する接種を、今年4月に終える。新興国ではそれが来年初めにずれ込む」というものだ。そのもとでは、今年の世界のGDPは4.4兆ドル失われ、それはGDPの5.7%に及ぶ。

その場合、先進国での経済的な損失は、既に述べたような経路から2.4兆ドル、先進国GDPの3.5%にも及ぶ。世界で生じる経済損失の55%程度は、先進国で生じるのである。

他方、悲観シナリオは、先進国ですべての人へのワクチン接種が年内に完了する一方、新興国でのワクチン接種が進まないというものだ。その場合、今年の世界のGDPは9.2兆ドルも失われる計算となる。

先進国も自らの国民に対するワクチンの確保や接種に手一杯の状況にある。しかし、そうした中でも、新興国、特に低所得国にワクチンを積極的に回す努力を並行して進めていかないと、結局は自らの経済の回復を大きく遅らせる。自分で自分の首を絞める結果となってしまうのである。

(注)"Vaccine delays pose global recovery threat", Financial Times, January 25, 2021

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。