中銀デジタル通貨が民間サービスの橋渡しにも
中銀デジタル通貨の発行に関しては、日本銀行は利用者の利便性を最優先とする姿勢である。日本銀行は中銀デジタル通貨を発行する予定はない、と説明しているが、仮に将来、中銀デジタル通貨を発行することを決めても、国民が現金を引き続き利用しいたいというニーズがある限り、現金の供給を、責任をもって続けていく、と説明している。
日本銀行が、中銀デジタル通貨の発行が将来必要になるケースの第1に挙げているのは、スウェーデンなど北欧諸国でみられるように、現金の流通が大きく減少する場合だ。その際、民間が発行するデジタル通貨が現金にとって代わり、人々が支払いに何の不自由を感じないのであれば、日本銀行が中銀デジタル通貨を無理に発行する必要はない。
しかし、デジタル通貨を利用したいという人々のニーズを、民間のデジタル通貨が十分に満たさない場合には、民間のデジタル通貨を補完する観点から、日本銀行が中銀デジタル通貨を発行することが適切となる可能性がある、と日本銀行は説明している。
その際に念頭にあるのが、スマートフォン決済(バーコード、QRコード)業者が乱立している、日本の現状だろう。店舗によって利用できるスマートフォン決済サービスが異なることや、異なるサービスの間では個人間送金ができない、等の不便さがある。そこで、中銀デジタル通貨を発行することで、異なる民間サービス間でデジタル通貨を交換する橋渡しの役割を果たすことも、日本銀行は検討している。
他方、スマートフォン決済が乱立している状況は、店舗によって利用できるサービスが異なるという不便さを利用者に生み出しているだけではない。決済業者間での競争はかなり熾烈であり、積極的なポイントの付与などを通じて体力を疲弊させる、いわゆる消耗戦となっている面がある。
その場合、収益の悪化を受けて、事業の撤退を決める決済業者が多く出てくる可能性も、将来的には考えられるところだ。その際には、人々のスマートフォン決済の利用が突然できなくなる事態が生じ、また、経営不振から民間の決済サービスの利用に不安が生じることも生じ得るだろう。
そうした事態に先手を打つ形で、中央銀行が中銀デジタル通貨の発行を通じて、国民の間でのデジタル通貨利用のニーズが満たされなくなることがないようにするのである。
イノベーションの促進
中銀デジタル通貨を発行することのデメリットの一つとして、民業圧迫、あるいは民間発のイノベーションを阻害すること、も今まで指摘されてきた。この点について日本銀行は、「イノベーションを駆使して新たな決済サービスを提供する取り組みをサポートする立場にある」、と自らの立場を説明する。
さらに、中銀デジタル通貨という新たな決済手段を活用した多彩なサービスを顧客に提供することで、利便性の高い決済サービスを構築できるとし、中央銀行と民間の業者が協調し、あるいは役割分担をしていく姿を描いているのである。
このような、日本銀行の姿勢に端的に表れているように、中銀デジタル通貨を発行することは、決済サービスが、中央銀行と民間の業者が協調するなかで、より利便性の高いものに変化していくきっかけとなる可能性があるだろう。
プラットフォーマーの牽制にも
ところで、中銀デジタル通貨の発行を通じて、中央銀行と民間業者とが協業していくことは、金融分野でのプラットフォーマーの独占・寡占を回避することに役立つ可能性があるだろう。
金融分野に新規に参入したプラットフォーマーは、まず決済業務から始めるが、その後、預金、貸出、運用など他の金融サービスに次々と進出していき、得意の個人データの収集・分析などを駆使して独占・寡占状態を築き上げ、既存の金融サービスや金融システムに大きな打撃を与えてしまう。決済業務という入り口で、協業を通じて中央銀行がプラットフォーマーをしっかり監視しておくことができる。いわば、入り口で迎え撃つのである。
中国の金融当局は、アリペイやウィーチャットペイに中銀当座預金を持たせるなど、金融プラットフォーマーを既存の金融システムに取り込む試みをしてきた。それでも、アリペイが決済業務を足掛かりにして、預金、貸出、運用など他の金融サービスに次々と進出して巨額の利益を上げ、伝統的な金融業のビジネスを圧迫することを防ぐことができなかったのである。
そこで、デジタル人民元の発行を通じて、デジタル決済業務でアリペイの力を削ぐことを狙ったうえ、最後は強権発動となって、アリペイ潰しのような規制強化に当局は動いたのである。
他方で、中銀デジタル通貨の発行を通じて民間業者と協業する中央銀行は、プラットフォーマーが持つイノベーションを、決済サービスの利用者の利便性向上に最大限利用できるようにも工夫するのではないか。
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