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アント・グループは春節前にも金融持ち株会社設立か

中国電子商取引最大手アリババ傘下のアント・グループは、より厳しい資本要件が義務付けられる金融持ち株会社へと業態を転換し、中国人民銀行(中央銀行)の監督下に入ることを計画している。アント・グループは既に当局に再編計画の概要を提出したという(注1)。

中国の規制当局は昨年12月に、アント・グループに対して、同社の事業に問題があるとして強く是正を求めた。中国人民銀行の潘副総裁はその直後、アント・グループは規制の順守を軽視し、規制逃れをしていると激しく非難していた。

アント・グループの再編計画は、最終的に劉鶴副首相がトップを務める金融安定発展委員会の承認を得る必要があるが、ウォールストリート・ジャーナル紙によると、再編計画は2月中旬の春節(旧正月)に入る前に最終決定される可能性があるという。

中国政府は、4年前から金融システムのリスクを一掃する取り組みを続けている。習近平国家主席は2020年11月に、金融当局に対し監督の役割を極めるよう求め、こうした規制強化にお墨付きを与えた。その中で、世界一の規模にまで膨らんだこのフィンテック、金融プラットフォーマーがその標的に定められてきた感が強い(注2)。

金融当局はアント・グループに対して、決済サービス企業としての原点に近づく必要がある、と指示したという。これは、ビジネスの起点となったアリペイの決済業務は継続させるが、貸出、預金、運用、保険などそれ以外の金融業務については分割を迫るものではないか。当局は、特に巨額の利益を上げている消費者金融の業務の見直しをさせる意向であるようだ。

デジタル決済分野での規制強化案が示される

アント・グループは金融持ち株会社に、証券、保険など複数の金融機関を組み込む方向であるという。

ただし、スマートフォンアプリのアリペイによる決済業務が同持ち株会社に組み込まれるかどうかは、未だ明らかにされていない。当局は、ウィーチャットペイと並んでアリペイは既に国民の間に広く浸透しているため、そのサービスを大きく見直すことは社会的混乱を生じさせる、と考えているのではないか。

また、決済サービスだけであれば、アント・グループが金融分野で独占的地位を得て、既存の金融機関に深刻な打撃を与えることにはならないと考えているのかもしれない。

ただし、中国人民銀行がデジタル人民元を発行する狙いの一つは、このデジタルの決済分野で、アリペイやウィーチャットペイの影響力を低下させることにあるとみられる。

中国人民銀行は1月20日に、電子決済分野での金融リスクの防止などを理由に、銀行以外の決済事業者に対する規制を強化する条例案を公表している。これは、アリペイとウィーチャットペイを標的にするものだ。同条例では「独占」の定義を明確化し、1社の市場シェアが2分の1に達した場合、2社の市場シェアが3分の2に達した場合、3社の市場シェアが4分の3に達した場合、「市場支配的地位」に抵触すると判断するとし、国務院の独禁法当局が審査を行うと定めている。さらに、競争原則が順守されていないと判断された場合、事業分割などの是正措置が命じられる(注3)。

デジタル決済分野で新規参入を促す

調査会社の艾瑞諮詢(アイリサーチ)によると、2020年第2四半期(4~6月)のモバイル決済市場シェアはアリペイが55.6%、ウィーチャットペイが38.8%に達している。そのもとでは、両社がこの新規定に抵触する可能性がでてくる。

ただし、当局が定める規定に、電子決済にアリペイなどのQRコード決済だけでなく、銀行カード系などの電子決済も含まれれば、、市場シェアの3分の1を占める非銀行系の決済事業者は存在しないとの指摘もある。アリペイ、ウィーチャットペイの決済業務が、この規制によってどの程度大きな影響を受けるかはまだ分からない。

他方で、アリペイ、ウィーチャットペイのライバルも続々と生まれてきている。1月19日には、中国の動画共有アプリ「抖音」(TikTok)のモバイル決済サービス「TikTokペイ」がリリースされた。TikTokアプリ内でのショッピングで、このTikTokペイでも決済ができるようになったのである。中国の銀行10行の銀行カードと紐付けができるという。

これ以外にも2019年と2020年には、当局は多くのIT企業にデジタル決済サービスを認めている。生活総合サービスの「美団」、配車アプリの「滴滴出行」、ネット通販の「京東」、ショートビデオの「快手」、オンライン旅行の「携程」などである。当局は本気で、デジタル決済分野でのアリペイ、ウィーチャットペイの独占状態の解消に動いているのである。

中国が金融プラットフォーマーに対する規制をどのように進めていくかは、フェイスブックのリブラ(現ディエム)計画以降、プラットフォーマーの金融分野への規制がもたらす様々な問題を警戒している、先進国の金融当局にとっても、大きな関心事となっていよう。

(注1)"Jack Ma’s Ant Plans Major Revamp in Response to Chinese Pressure", Wall Street Journal, January 28, 2021
(注2)「中国が進める金融リスク一掃、標的は世界一のフィンテック市場(1)、(2)、ChinaWave経済・産業ニュース、2021年1月29日
(注3)「中国:決済事業者の規制強化へ、シェア過半で「独占」審査」、亜州リサーチ 中国株ニュース、2021年1月21日

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。