金融当局が警戒する民間デジタル通貨とそうでない民間デジタル通貨
各国が中銀デジタル通貨(CBDC)発行の検討を始める大きなきっかけとなったのが、新たな民間デジタル通貨への対抗、という観点だ。以前は仮想通貨ビットコインがそうであったし、近年ではフェイスブックが主導するディエム(旧リブラ)がそうである。
そうした民間デジタル通貨が、国境を越えたマネーロンダリング(資金洗浄)等の犯罪に広く利用され、銀行預金からの資金移転等を通じて金融システムの安定を損ね、あるいは金融政策の効果を損ねるなど中央銀行の業務に支障をきたすことを中央銀行など金融当局は強く警戒したのである。
そこで、人々にとってより使い勝手が良く、信頼性が高い法定通貨の中銀デジタル通貨を自ら発行することで、そうした様々な問題を生じさせる新たな民間デジタル通貨を迎え撃ち、潰すことを狙った。
しかし、当局はすべての民間デジタル通貨を強く警戒している訳ではない。我々が日常で使っているスマートフォン決済(QRコード、バーコード)、ICカード等は、当局の強い警戒の対象とはなっていない。それらは、法定通貨建て(日本であれば円建て)の価値を民間運営会社が約束するもので、基本的には国内での利用に限られるものだ。そのため、金融当局が警戒するような様々な弊害を引き起こすことを、強く心配する必要がない。
金融当局がそうした民間デジタル通貨で唯一警戒するとすれば、民間デジタル通貨の運営会社が経営不振に陥ることで、チャージしたデジタル通貨が現金化できなくなる、あるいは価値を失ってしまうのではないかなど、利用者の間に不安が生じ、その結果円滑な支払いが妨げられることだろう。
現在、中銀デジタル通貨の発行を検討している各国中央銀行は、こうした既存の民間決済サービス業者と協調、連携する形を考えている。中国の場合は、デジタル人民元の発行を通じてアリペイ、ウィーチャットペイの決済サービスでの影響力を削ぐ狙いがあると思われ、やや例外的だ。それでもデジタル人民元の発行時点では、民間銀行のアプリと同様に、アリペイ、ウィーチャットペイでデジタル人民元を利用できるようにする。つまり、協業が図られるのである。
中銀デジタル通貨は民間との協業を意味する「二層構造」がスタンダードに
中銀デジタル通貨は、既存の民間決済サービス業者と協調し、またそれを補完する形で発行されていくだろう。そうした姿勢が特に顕著なのは、日本銀行ではないか。
そもそも、決済業務は今でも公的と民間が入り混じって成り立っている世界だ。日本で言えば、銀行間の資金決済は全国銀行協会(全銀協)の全銀システムを通じて行われるが、銀行間の最終的な決済や大口の銀行間決済は、日本銀行の決済システム、日銀ネット(日本銀行金融ネットワークシステム)を通じて行われている。
中銀デジタル通貨の発行を既に決めている、あるいは検討している主要国の中央銀行、具体的には中国人民銀行、欧州中央銀行(ECB)などと同様に、日本銀行も、日本で中銀デジタル通貨を発行する場合には、中央銀行と民間部門による決済システムの「二層構造」を維持することが適当だ、と結論付けている。
この二層構造とは、間接方式とも呼ばれ、企業や個人のすべてが中央銀行に中銀デジタル通貨の口座をそれぞれ持ち、その口座を使って中銀デジタル通貨を支払い、送金に使うというものだ。
これは、現在の現金と同じ構造と言えるだろう。個人は、中央銀行から直接現金を入手するのではなく、ATMを使って民間銀行の預金口座から日本銀行券を入手し、それを買物での支払いや個人間の割り勘などに使うのである。
中央銀行が中銀デジタル通貨の末端での利用まで管理するのでは、その負担は膨大なものになってしまう。さらに、中銀デジタル通貨の発行だけでなく、管理、運用を中央銀行のみで行えば、すべての取り引き情報を中央銀行が独占することになり、それに対する社会的な抵抗もかなり強いだろう。中央銀行自身も、大量の個人データを管理するのは荷が重い。
そこで、中銀デジタル通貨の発行は、少なくとも主要国では二層構造、間接方式がスタンダードとなるはずだ。その場合、中銀デジタル通貨の発行は、スマートフォン決済など民間のビジネスと競合するのではなく協業する形となるのである。
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