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ワクチン接種に左右される世界経済見通し

経済協力開発機構(OECD)は3月9日に、世界経済見通しの中間報告書を公表した。2021年の世界の実質GDP成長率は+5.6%、2022年は+4.0%と、昨年12月時点の前回見通しからそれぞれ+1.4%ポイント、+0.3%ポイント上方修正された。世界の実質GDPは2021年半ばまでにコロナショック前の水準を取り戻し、2022年末までにコロナショック前のトレンド(成長パス)を取り戻す、とOECDは予想している。

主要先進国の中で、2021年の成長率見通しが最も大幅に引き上げられたのは米国だ。+3.3%ポイント引き上げられ、+6.5%となった。逆に、フランスとイタリアについては下方修正された。新型コロナ対策での規制措置の影響と、ワクチン接種の遅れが背景とみられる。成長率の水準に注目すると、日本が+2.7%で主要国中最低水準となった。

OECDが短期間のうちに成長率見通しを顕著に引き上げた主な理由は2つだ。第1が、各国でのワクチン接種の開始、第2が、米国での総額1.9兆ドル(200兆円超)の追加経済対策の効果、である。

世界経済見通しの最大の下方リスクは、ワクチン接種の遅れにある、とOECDは説明する。ワクチン接種の広がりが新型コロナ感染拡大を抑制できるほどスピーディでない場合には、さらなる感染の拡大が経済見通しを悪化させてしまう。また、ワクチン接種がもたついている間に変異株が広がり、既存のワクチンの有効性を低下させてしまえば、それもまた、さらなる感染の拡大を招き、経済見通しを悪化させてしまう。

米国経済対策は世界の成長率を1%押し上げるが長期金利上昇にリスク

米国のバイデン政権による1.9兆ドル(200兆円超)の追加経済対策は、米国のGDPを1年間で3~4%押し上げるとOECDは計量モデルを用いて試算している。米国の追加経済対策の効果は他国にも及び、カナダの実質GDPを短期的に1.0%~1.5%、メキシコの実質GDPを1.0%~1.5%、ユーロ圏と中国の実質GDPを0.25%~0.5%、それぞれ押し上げる計算となる。

他方で、追加経済対策は米国の物価上昇率を向こう2年間、年平均で0.75%ずつ押し上げる。さらに、輸入増加を通じて米国の経常赤字を1年間でGDP比0.75%拡大させる。これらは、長期金利上昇やドル安を通じて、金融市場に悪影響を与えるという側面もある。

モデル上は金利上昇のマイナス効果も考慮されており、それを踏まえた上で、上記のような経済効果が見込まれていると考えられる。しかし、コロナショックを受けて米連邦準備制度理事会(FRB)は昨年、政策金利を一気にゼロ近傍まで引き下げ、長期金利は歴史的な低水準にまで達した。その反動のリスクなどを踏まえれば、長期金利の上昇幅は、モデルに盛り込まれている過去の平均的なものを大きく上回る可能性も考えられるところだ。それは、足もとでもみられるように、株価下落を促すことも通じて、実体経済に大きなマイナスの影響をもたらす可能性も考えておく必要があるのではないか。

OECDは、ワクチン接種の開始と米国の経済対策の効果を反映させて、今回、世界の成長率見通しを引き上げた。しかしそのワクチン接種と米国の経済対策の双方にこそ、世界経済の見通しを予想外に悪化させるリスクも潜んでいるのである。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。