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新規株式公開(IPO)の7割以上を占めるSPAC上場

米国株式市場の過熱ぶりを象徴しているものの一つが、SPACブームだろう。SPACとは、特別買収目的会社のことだ。

SPACは、上場時に株式市場から資金を調達して、原則2年以内に未上場企業を買収・合併することを目的とした会社である。SPACは「ブランクチェック(白紙小切手)」企業とも呼ばれている。それは、何の事業も持たない白紙の状態で上場するためだ。他方、SPACに合併された未上場企業は、通常の上場よりも簡単な手続きで早く上場を果たすことができる。未上場企業の有力なエグジットの手段となっているのである。

ディールロジック社によると、SPAC上場による調達資金は、今年すでに750億ドル(8兆1,600億円)近くに達し、新規株式公開(IPO)全体の70%以上を占めるという。その比率は2019年の20%から急拡大している(注1) 。

しかし現在ブームとなっているSPACには、多くの問題も浮上している。その一つは、SPACの企業価値の不確かさだろう。SPACは、買収・合併する企業を決める前に上場して、その企業価値の市場価格が決まることになる。その際、投資家のSPAC投資を決める判断材料は、主にSPACの設立メンバーの顔触れなどの情報である。個人投資家の資金を集めやすくするため、いきおい、著名人がメンバーに加えられているのが現状だ。例えば、ヘッジファンドマネジャーのウィリアム・アックマン氏や元メジャーリーガーのアレックス・ロドリゲスなど著名人である。

個人投資家の保有比率の高さが問題に

個人投資家の保有比率が高いことも、SPACの大きな特徴だ。米金融大手バンク・オブ・アメリカが今年2月に公表したデータによると、SPAC株式を売買する投資家全体の約40%を個人投資家が占めている。S&P500における個人投資家の比率の約2倍だ(注2) 。

SNSレディットを通じて結託し、ゲームストップなどの銘柄の株価を押し上げ注目された、ロビンフッダーなどの個人投資家も、このSPACをターゲットの一つとしていた。

個人投資家の比率が高いことが、SPACのビジネスに逆風となるケースが目立ってきている。それは、未上場企業の買収の障害になるということだ。SPACの株主総会に出席する個人投資家が定数に満たず、企業買収など重要な決議に関する株主投票を何度も延期せざるを得ない状況が生じているのだという。個人投資家の割合が上昇したことで、SPACの買収を成立させるより前にまず個人投資家の株主総会への参加を促し、定足数を満たすことが優先課題となっている。買収を完了するには、投票によって議決権を行使することが必要であることを知らない個人投資家も多いのだという。

個人投資家のSPACブームに潜むリスク

さらに問題なのは、企業買収完了までの期間の延長に関する議決だ。買収の承認には、通常、株主の過半数の賛成が得られれば良い。しかし、原則2年と定められているSPACの企業の買収・合併を完成させるために期限を延長する際には、65%の株主の同意が必要となるのだ。そこで、多くの個人投資家に株主総会への出席や委任状の提出を呼び掛けるためのコストがかさんでいる。

あるSPACは、個人投資家がよく利用するSNSのレディットに株主総会への参加を呼びかける書き込みをしたことで、最終的に株主総会で企業買収の期限延長が可決され、なんとか買収を完了させることができたという。

こうした個人投資家に関わる問題以外にも、SPACが合併することで上場を果たした企業の「質」の問題も指摘されることが多い。現状では、そうした企業の中で、目覚ましい成長を遂げている優良企業はほとんど見当たらない、との指摘もある。個人投資家のマネーがSPAC投資になだれ込むことによって、本来であれば上場の基準を達していない企業も上場できるようになっている可能性があるのではないか。

こうした点からも、個人投資が作り出している現在のSPACブームには、相応のリスクがあると見ておくべきではないか。

(注1) “SPAC Pioneers Reap the Rewards After Waiting Nearly 30 Years”, Wall Street Journal, March 11, 2021
(注2)「SPAC、個人投資家の比率上昇 議決が困難に」、2021年3月12日、フィナンシャル・タイムズ紙

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。