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バイデン米政権が新たな北朝鮮政策

バイデン米政権が対北朝鮮政策の見直しを終えたことを、4月30日にホワイトハウスが明らかにした。その詳細についてホワイトハウスは明らかにしていないが、サキ米大統領報道官は、「我々の目標は朝鮮半島の完全な非核化であることに変わりはない」と強調している。この最終目的は従来の政権と変わらないとしても、政策手段、アプローチについては、過去の経験などを生かした新たなものを模索する。

サキ報道官は、過去の歴代米政権は朝鮮半島の完全な非核化という目標を達成できなかったと指摘し、バイデン政権の北朝鮮政策は、オバマ政権の「戦略的忍耐(strategic patience)」、トランプ前政権の「一括取引(grand bargain)」のどちらでもないことを強調している。いわば「第3の道」を選んだのである。

オバマ政権は北朝鮮に制裁などの圧力をかけながら、北朝鮮側が自ら非核化の具体的な取り組みを示すのを辛抱強く待つ戦略を採用した。しかしこの政策は、北朝鮮に核・ミサイル開発の時間を与えるだけに終わった感がある。

一方トランプ政権は、トップ外交による事態打開を図った。2018年から2019年にかけて米朝首脳会談は3回行われた。トランプ大統領は北朝鮮が全面的な非核化に踏み切る代わりに制裁を解除することを提案したが、交渉は決裂している。

サキ報道官は、「我々の政策は米国、同盟国、駐留軍における安全保障の実質的な進展を目指す北朝鮮との外交に開かれており、そのような外交を探索するためのうまく調整された実用的な接近方法を目指している」とバイデン政権の新たな北朝鮮政策を説明している。あくまでも外交を通じた問題解決を目指す姿勢である。

日本にとっては気がかりな面も

米国の新たな北朝鮮政策は、北朝鮮と非核化に向けた措置について段階的に合意し、北朝鮮が核の凍結あるいは一部廃棄に同意すれば、米国もそれ相応の措置を執りながら最後は非核化にまで進む、という「段階的非核化」戦略になるとみられる。

これは、過去にはブッシュ政権が6か国協議の枠組みを通じて、段階的な非核化のアプローチを目指したのと近い可能性がある。バイデン政権も外交交渉を通じて段階的非核化を進めていく考えだろう。しかし、それに北朝鮮が交渉のテーブルにつかない可能性も相応にあるだろう。

金正恩総書記は、制裁解除を前提とした非核化交渉にしか応じない姿勢を見せており、米国側の外交交渉の要請に応じない可能性があるのだ。その場合、バイデン政権の北朝鮮政策も結局は、「戦略的忍耐」に陥ってしまうことも考えられるだろう。

バイデン政権の北朝鮮政策は、対中政策とは対照的に、同盟国の結束の重要性を今のところ必ずしも強調していないことが、日本にとっては気がかりである。米韓首脳会談を実施する前に、バイデン政権の北朝鮮政策を確定したことも、同盟国重視の姿勢とは言えない面がある。

米国にとっては脅威ではないが、日本や韓国にとっては大きな脅威である短距離ミサイルの開発、実験に関するバイデン政権の姿勢はまだ明らかでない。さらに、新たな北朝鮮政策の中で日本人拉致問題がどのように位置づけられているかも明らかではない。ただし、バイデン政権は、北朝鮮政策で人権問題も重視する考えを示している。その中で、拉致問題の解決に向けた取り組みが日米協調のもと進むことを、日本は大いに期待するところだ。

(参考資料)
"Biden to Steer Between Obama, Trump Policies on North Korea", Wall Street Journal, April 30, 2021

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。