日本株の相対パフォーマンスの悪化
5月11日の東京市場で、株価が大幅に下落している。日経平均株価は、後場に一時、前日比1,000円近くまで下落した。
11日に終了予定であった緊急事態宣言が月末まで延長されたことで、新規感染抑制に対する見通しが一段と悪化し、また経済活動への悪影響が株式市場の重しとなっている。また、米国や欧州諸国などと比べて、ワクチン接種が大きく遅れていることで、日本経済の回復が一段と遅れるとの懸念が強まっている。それが、株式市場でも日本株の相対的な評価を下げている面があるのだろう。実際、連日史上最高値を更新する米国株に対して、日本株の出遅れがかなり目立つようになってきた。
米国のリスクは日本のリスク
ただし、11日の株価下落は、そうした国内要因よりも米国でのインフレ懸念上昇という外部要因によるところが大きい、と説明されている。10日(米国時間)には、米国の主要パイプラインがサイバー攻撃を受けて操業停止となり、石油製品価格が上昇した。それ以前から、巨額の経済対策や金融緩和策の継続によって先行きインフレリスクが高まる、との見方が米国金融市場には強まっていた。
インフレ率が急速に高まれば、個人消費を冷やしてしまうなど、経済活動にマイナスに働く。また、インフレ懸念が名目長期金利の上昇につながれば、バリュエーションの観点から、株価の大幅調整につながりかねない。このようなリスクを持つ米国のインフレ懸念に、日本の株式市場も敏感に反応しているのである。当然のことながら、現在世界経済の回復を主導する米国経済の成長ペースが鈍化すれば、日本経済の回復もさらに遅れ、米国株の調整は、日本株の調整をもたらす可能性が高い。米国のリスクは日本のリスクである。
ただし、足もとで燻る米国のインフレ懸念は、行き過ぎだと感じている。米国の需給ギャップがコロナショック前の水準を取り戻すのは、来年以降と考えられ、短期的な物価動向に大きな影響を与える需給関係は、急速にタイトになっている訳ではない。また、コロナショックによって生じる個人の消費行動の変容や雇用・所得格差の拡大などが、この先の米国の成長をどの程度制約するかはまだ明らかでない。
実質金利の低下が市場の過熱感を一段と強める
しかし他方で、コロナショック後、総額で10兆ドル弱、GDP比4割超にも達する巨額の経済対策となる可能性があり、また金融緩和策が長期間維持される方針が中央銀行から示される中、金融市場が多少長い目でインフレ懸念を強めていることは理解できる。
市場のインフレ期待を示す5年物ブレークイーブン・レートは足もとで急速に上昇し、市場のインフレ懸念の高まりを映している。その水準は10日(米国時間)に一時3.4bp上昇し2.73%となった。2008年のピークの水準を上回り、実に2006年以来の水準に達したのである。
注目したいのは、それでも名目長期金利は比較的安定を維持していることだ。米国10年債利回りの上昇は3月で一巡し、その後は概ね安定している。それは、米連邦準備制度理事会(FRB)が少なくとも2023年末まで政策金利を引き上げない、という見通しを示していることによるのではないか。
その結果、市場でのインフレ期待の上昇は、名目金利の上昇ではなく、実質金利の低下につながっている。実質金利の低下は、株式などリスク資産の価格を支える方向に働く。このような状況のもとでは、インフレ懸念だけで米国株が大きく崩れることにはならないのではないか。
日本市場は米国市場のリスクを米国以上に認識か
ただし、実質金利の低下が進めば、米国市場の歪み、過熱感を一層強めることになるだろう。これは、先行きの経済・金融の安定の観点から、大きなリスクではないか。それでは、何をきっかけに米国市場の歪み、過熱感が一気に解消される、つまり大きな調整が生じるのだろうか。
インフレ懸念がさらに高まり、あるいは市場過熱を警戒するFRBが、想定よりも早期に金融引き締めに転じるとの観測が高まれば(コラム「 ノンバンク(シャドーバンク)のリスクに強い警鐘を鳴らすFRB 」、2021年5月7日)、名目の長期金利が再び上昇傾向を強め、それは、米国の株価やその他高リスク資産(ハイイールド債、証券化商品など)に顕著な調整をもたらすきっかけとなる可能性がある。また、多少長い目で見れば、急速な米国の財政悪化が、ドルの信認低下を伴う形で、長期金利上昇や株価下落の引き金になる可能性もあるだろう。
足元での日本株の大幅下落は、米国市場が抱えるそうしたリスクを、もしかしたら米国以上に認識していることの反映、との解釈も可能なのではないか。
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