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プラットフォーマーの習性を探る

中国当局がアリペイに対する規制を一気に強化した背景には、非金融業のプラットフォーマーがビッグデータの利活用等を武器に金融ビジネスを席巻し、独占状態を築き上げる、そして、伝統的な金融業に深刻な打撃を与える可能性が出てきたからである。それはまた、金融システムの安定を大きく損ねるリスクも秘めている。

プラットフォーマーの金融分野への本格参入は、他国ではまさにこれから始まろうとしている。フェイスブックによるリブラ(現ディエム)計画は、その先駆けと言える。この点から、先行する中国の経験は、プラットフォーマーの金融分野参入に対して、当局がどのような姿勢で臨めばよいのか、重要な示唆を他国に与える。そこで以下では、中国の事例も踏まえた上で、プラットフォーマーの一般的な特性、あるいは習性をまず明らかにしてみよう。

プラットフォーマーの金融分野参入が生じさせる様々な問題は、プラットフォーマーに本来備わっている、高い市場支配力と関連している部分が多い。非金融企業のフィンテック企業の金融ビジネス参入の例は既に世界に多く見られているが、リブラ(現ディエム)計画を主導するフェイスブックやアリペイ、ウィーチャットペイのような大手プラットフォーマーの場合には、その高い市場支配力を背景に、金融分野で一気に独占、寡占状態を作り出す可能性がある。

プラットフォーマーによってひとたびエコシステム(複数企業が商品開発や事業活動などで協力関係を結び、業界の枠や国境を超えて広く共存共栄していく仕組み)が形作られると、競争相手がそれに対抗できるようなエコシステムを作ることが難しくなる。さらに、市場支配力を高めたプラットフォーマーは、ネットワーク効果(より多くの顧客が財・サービスを利用するにつれてその価値が増すこと)を背景に市場シェアをさらに拡大していき、また新規参入の障壁を一気に高めてしまうのである。

さらにプラットフォーマーは、金融サービスを提供する既存の金融機関と競合すると同時に、いずれは彼らに金融インフラ、つまりプラットフォームを提供する役割を担っていくことになる。他の金融機関がそのプラットフォームを利用する際に、高い手数料を得るのである。アリペイのAIによる信用評価システムは、まさにその典型的な例だ。

金融業が本業ではないことの強み

プラットフォーマーにとっては、本業でない金融業では直接儲けられなくても、本業であるネット・サービス等で儲けられれば良い、ということが非常に大きな強みとなっている。そのため、金融サービスでは非常に安い価格設定をすることができ、これが既存の銀行などに対する競争力を一気に高めることになる。

例えば、ネット・ショッピング大手のアリババ・グループ傘下のアント・グループが提供するアプリのアリペイの場合には、顧客の買い物履歴で得られたデータを、本業であるネット・ショッピングに利用することで、アリババ・グループは大きな利益を上げてきた。例えば、特定の商品の購入が多い顧客には、その商品にターゲットを絞った広告を送付することで、効率よく売上増加につなげることができる。

アリペイは、個人のユーザーから手数料をとらないが、それでもビジネスが成立しているのは、こうした事情がある。さらに、無料サービスを提供することでユーザー数を増やすことができれば、収集できるデータ量も増え、それを分析することでユーザーにより質の高いサービスを提供しつつ、自らも利益を上げることができる。他方、ユーザーによっては、同じアプリを使い続けることのメリットが高まることで、ネットワーク効果が生じるのである。

ところが銀行にとって決済サービスはまさに本業中の本業、一丁目一番地である。そして、今まで手数料収入でそれを成り立たせてきたという経緯がある。銀行がスマートフォン決済サービスに本格的に乗り出せば、プラットフォーマーと同様に顧客の取引履歴を集めることはできるが、プラットフォーマーのようにそれを本業に活用することは難しい。

そこで銀行が手数料収入にこだわれば、デジタル決済サービスの分野でプラットフォーマーと競争していくことは難しくなる。さらに銀行は、決済インフラに既に巨額の資金を注ぎ込んでいる。いわばレガシーコストである。例えば日本では、安定した銀行間決済システムや、いつでも引き出し可能なATMなど、銀行が決算業務関連で抱えるインフラは、合計で10兆円規模にも上るという。レガシーコストがないプラットフォーマーとデジタル決済分野で勝負しても、銀行は劣勢に追い込まれやすいのである。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。