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先進国の電力分野では2035年までにカーボンニュートラル実現

国際エネルギー機関(IEA)は、日本を含めて多くの国が表明している2050年までに二酸化炭素(CO2)の排出量を実質ゼロにする、「カーボンニュートラル」の目標を達成するための工程表を、18日の報告書の中で発表した。この報告書は、今年11月に英国スコットランドで開かれる国連の気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の参考資料となることから、参加国のエネルギー政策に大きな影響を与えることが予想される。

IEAは報告書で、カーボンニュートラルを達成するための400以上の目標を提言している。それには以下のような内容が含まれ、各国政府や企業に対し、これまで以上に積極的な取り組みを促す大胆な内容となっている。日本にとっては実現のハードルが高いものが多い。

  • 今後、新たな化石燃料供給プロジェクトへの投資を2021年に一切禁止する
  • 二酸化炭素回収(カーボンキャプチャー)技術を導入しない新たな石炭火力発電所への投資を見送る
  • エンジン車の新車販売は2035年に停止。現状4.6%のシェアであるEVと燃料電池車(FCV)の割合を2030年に6割、2035年に100%とする(ハイブリッド車は含まない)
  • 先進国は2035年まで、世界全体では2040年までに電力部門のCO2排出を実質ゼロにする

2035年までに電力部門のCO2排出量実質ゼロは可能か

こうした措置が実現された場合のエネルギー構成の見通しは以下の通りとなる。

  • エネルギー供給全体に占める再生可能エネルギーの比率は2020年の12%から2030年に30%、2050年には67%
  • 太陽光の割合は、2030年の6%から2050年には20%
  • 原子力の割合は、2020年の5%から2050年には11%
  • 石油の割合は、2020年の29%から2050年には8%
  • 石炭の割合は、2050年までに2020年比で9割削減

日本政府は、2030年度までにCO2排出量を46%削減するという新たな目標を実現するために、現在、電源構成(エネルギーミックス)の見直し作業を進めている(コラム「 温暖化ガス46%削減に向けた電源構成の見直し 」、2021年5月17日)。

従来の目標では、2030年度に再生可能エネルギーによる発電の比率は22~24%であったが、これを30%台後半へと引き上げる方向で調整が進められている。他方、原子力による発電の比率は20~22%で据え置く方向だ。

その場合、CO2を排出する化石燃料による発電の比率は4割程度となるだろう。そのもとでは、「先進国は2035年までに電力部門のCO2排出量を実質ゼロにする」というIEAの提言内容とは、相当の乖離が生じるではないか。日本はこの報告書で、電源構成見直しの出鼻をくじかれた感もある。

袋小路に陥る2050年カーボンニュートラル達成に向けた日本の計画

さらに、2030年度時点でも4割程度の発電を化石燃料に依存するという新たな日本の方針と、「新たな化石燃料供給プロジェクトへの投資を2021年に一切禁止する」というIEAの提言もまた相いれないだろう。2030年に向けた日本のCO2削減策は、IEAのエネルギー供給見通しと比較すると、「原子力発電の比率をより高めに維持することで、化石燃料の比率を比較的高い水準に維持しようとする戦略」と映る。

しかし、石炭火力発電の即時停止を主張する意見が先進国内で高まる中、石炭火力発電を続けるという日本の方針が支持されるどうかは疑わしいところだ。石炭火力発電の比率は2018年度に32%であり、これを2030年度には26%とするのが従来の目標であった。目標が見直されても、その比率は2030年度に10%台後半の水準は維持されるのではないか。

さらに、原子力発電の比率を現状の6%から2030年度に20~22%に高めることも簡単ではない。東日本大震災で安全基準が厳しくなり、原則原発の稼働は40年までとされたもとで、原子力発電所の高齢化が確実に進んでいくためである。

このように、日本のCO2排出量の2030年度46%削減、2050年度の実質ゼロ(カーボンニュートラル)の達成に向けた計画は、袋小路に陥りつつある感がある。

(参考資料)
"Net Zero by 2050 – A Roadmap for the Global Energy Sector-", International Energy Agency, May 18, 2021
「化石燃料へ新規投資停止、50年脱炭素、IEAが工程表。」、2021年5月19日、日本経済新聞
「IEA、化石燃料事業の投資禁止を 温暖化で『抜本的対策必要』」、2021年5月18日、ロイター通信ニュース

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。