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コロナ問題の緩和はビットコインに逆風

暗号通貨(仮想通貨)ビットコインの価格の下落基調が続いている。価格は、5月に月間で33%もの大幅下落となった(米コインデスクによる)。この月間下落率は2018年3月以来、3年2か月ぶりの大きさである。

ビットコインは、4月14日に最高値をつけた。その日は、暗号資産(仮想通貨)交換所の米最大手、コインベースの上場の日だった。しかし、それ以降は下落基調を辿っていく。中国当局が、ビットコインの取引やマイニング(採掘)についての新たな規制を発表したことや、米電気自動車(EV)大手テスラのマスク最高経営責任者(CEO)が、ビットコインによるテスラの電気自動車の代金支払い受け入れる方針を撤回したこと、などが価格下落に拍車をかけたのである。その後も、ビットコインに関係するマスクCEOの投稿によって、ビットコインの価格が日々大きく変動している。

個人投資家中心であったビットコインの取引に、機関投資家も参入してきたことが、4月までの価格高騰に影響を与えたとの見方もあるが、それは必ずしも正しいとは言えないようだ。むしろここ数か月間は、機関投資家の需要が弱まる兆しがみられる。仮想通貨取引所OKExの報告書によると、機関投資家が中心と考えられるビットコインの大型取引の1-3月期の件数は、昨年10-12月期からわずかに減少した。この点から、ビットコインの相場は引き続き個人投資家の影響を大きく受けているものと推察される。

また、昨年来の価格高騰は、コロナ禍の影響を受けている可能性が考えられる。コロナ対策で米政府が個人に支給した給付金、支援金の一部が、株式市場とともにビットコイン市場にも流れ込んだ可能性がある。また、コロナ禍で巣籠もりを強いられる中、個人は株式投資とともにビットコインの投資にも時間を割いてきた、と考えられる。そのため、ワクチン接種の広がりを受けて、米国経済が回復に向かい、人々が自宅にいる時間が短くなると、それはビットコイン市場には逆風となるのである。

注目されるビットコインの環境負荷の問題

これに加えて、ビットコインあるいはその他の仮想通貨については、社会性の観点からの問題にも注目が集まるようになっており、これも相場の逆風となっている。その問題の第1は、詐欺、マネーロンダリング(資金洗浄)など、犯罪に利用されることだ。米連邦取引委員会(FTC)によると、2020年10-12月期から21年1-3月期にかけて、個人の暗号資産詐欺で8,200万ドル(約89億6,000万円)近くが失われた。これは前年同期の6か月間に比べ10倍近い金額である。このFTCの統計は詐欺の被害者による自己申告に基づいており、また対象は概ね米国内に限られるため、世界全体での被害総額のほんの一部しか反映していない可能性が高い。

さらに、最近では米東海岸の燃料パイプラインがランサムウエア(身代金ウイルス)による攻撃を受けて停止した問題で、犯行グループはビットコインで440万ドル(約4億8,000万円)相当を要求したとされる。このようにサイバー犯罪で、ビットコインが身代金に使われるケースは少なくない。

第2の問題は、マイニングによる電力消費という環境負荷の問題だ。テスラのマスクCEOがビットコインによる電気自動車の購入を認める方針を急遽撤回した際に、その理由に挙げたのは、マイニングに大量の電力を消費するという問題だった。CO2を排出しない再生可能エネルギーによって発電された電気を利用すれば、環境への負荷はかからないが、それには追加のコストがかかるケースが多いだろう。ビットコインは環境にやさしくない、との印象が広まってしまったのではないか。

機関投資家はビットコイン投資に慎重か

第3の問題は、個人投資家の損失問題だ。コロナ禍のもとでビットコインの取引が増加した背景には、デリバティブ(金融派生商品)の取引高拡大がある。今年に入ってから、ビットコインのデリバティブ取引量は、スポット取引を上回っているという。そこでは、借金によってリターンを増幅させるレバレッジをきかせた投資が行われている。デリバティブ取引の増加分の多くは、規制の緩い暗号資産デリバティブ取引所で行われており、そこではCMEグループなどが運営する米主要取引所に比べて高いレバレッジが許容される。

ある取引所では、幾つかの先物取引で125倍のレバレッジをかけることが可能だという。つまり、ビットコイン100ドル相当を取引するのに、わずか0.80ドルの預託金で済むことになる。CMEグループでビットコイン先物を取引する投資家は、少なくとも38ドルの預託金が必要となる上、ブローカーからさらなる証拠金を要求されることもあるようだ。

高いレバレッジをかけたビットコイン投資は、大きな利益を上げることがある一方、価格下落局面では損失を膨らませかねない。これは、大きな社会問題となる可能性もあるだろう。

このように、コロナ禍が克服されてきていることが、ビットコイン市場には逆風となってきていることに加えて、以上の3つの社会的問題も、投資家がビットコイン取引を控える要因として重要性を増してきているだろう。少なくとも、機関投資家はそうした傾向が強く、ビットコインが株式、債券などと並んで伝統的な投資対象(アセットクラス)としてその地位を定着させる道は、かなり遠のいたのではないか。

(参考資料)
"Behind Bitcoin’s Recent Slide: Imploding Bets and Forced Liquidations", Wall Street Journal, April 24, 2021
"From Bitcoin to Dogecoin: What’s Driving Cryptocurrencies’ Rise and the Challenges Ahead", Wall Street Journal, May 18, 2021
"Crypto Frauds Target Investors Hoping to Cash In on Bitcoin Boom", Wall Street Journal, June 8, 2021

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。