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予想通りにコロナオペの延長を決定

6月17・18日に開かれた金融政策決定会合で、日本銀行は大方の予想通りに政策の現状維持を決めた。唯一変更されたのは、コロナオペを含む「新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム」の9月末から半年間の延長であった。ただし、これもほぼ事前予想通りである。

民間銀行による信用保証付きの実質無利子無担保融資の新規申請は終了したが、信用保証が付かずに民間銀行自身が信用リスクを負うコロナ・プロパー融資を支えていく観点からも、それに対するバックファイナンスと日本銀行が位置付けるコロナオペの延長は規定路線だったはずだ。

5月25日時点でコロナオペの残高は68.5兆円に達する。依然増加を続けているものの、やや増加ペースは落ちてきているようにも見える。この先、オペの対象となる銀行のコロナ融資が期落ちしていく中で、早晩、コロナオペの残高は減少に転じるだろう。

しかし、それは、日本経済がコロナショックによる打撃から立ち直ってきている証拠でもある。そもそも、コロナオペを含む「新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム」は時限措置で始められたものだ。

他方、日本銀行は今回の会合で、事実上金融機関支援策となる新たなスキームを発表した。

気候変動対策で新たなバックファイナンスの枠組み

今回の会合でサプライズとなったのは、民間金融機関の気候変動対応投融資をバックファイナンスする新たな資金供給の枠組みを導入するとの判断を、日本銀行が示したことだ。これは、成長基盤強化支援オペの後継制度と位置づけられ、年内にも実施される。その骨子素案は、7月の金融政策決定会合で公表される予定だ。

日本銀行は、欧州など他の中央銀行と比較して、気候変動対策、地球温暖化対策に自らが積極的に関与することに慎重であった。英国のように、地球温暖化対策の進展を中央銀行の使命に加えた国もあるが、中央銀行に多くの使命を課すと、物価安定など本来の使命の達成がおろそかになってしまう恐れがある。こうした観点から、地球温暖化対策への関与に慎重だった日本銀行の今までの姿勢は評価できた。

しかし、他国の中央銀行も地球温暖化対策への関与を強める中、日本銀行も世界の中央銀行の潮流に逆らえなくなったのではないか。この点で、地球温暖化対策への関与についての黒田総裁の発言も、最近は微妙に修正されていた。

これに加えて、日本銀行が政府のカーボンニュートラル達成を側面支援することをアピールする狙いも当然ある。コロナオペもそうだが、政府の政策との協調を演出するのは、日本銀行の常套的な行動パターンだ。

基準作りに難しさも

プルーデンス政策の観点から、金融庁と協力して日本銀行は、民間金融機関に対して気候変動リスクをしっかり把握し、対応するように求めてきた。さらに足元では、CO₂排出量削減に向けて積極的に取引先企業に働きかけるように求める方針も示している(コラム「 金融機関の気候変動リスク管理と当局の新たな監督方針 」、2021年6月4日)。

こうしたプルーデンス政策上の変化も、気候変動対応の新たな資金供給制度の導入判断に影響しているのだろう。同制度はマクロ金融政策の一環ではあるが、足元では「金融システムの安定」という使命達成のためのプルーデンス政策と、「物価安定」という使命達成のためのマクロ金融政策とが接近していく兆しが、日本銀行内では見られるようになっている。

新たな資金供給制度について不確実性があるのは、金融機関が自らの判断で行う気候変動対応投融資について、どの程度の範囲と厳格さをもって、新たなオペの対象と認めるか、その基準設定である。金融機関の投融資が気候変動リスクの削減にどの程度貢献するかを正確に評価するのは、実際には容易ではない。日本銀行がその範囲を狭く設定し、厳しく審査する場合には、資金供給はあまり増えなくなるだろう。

しかし実際には、比較的緩い条件で資金供給を行う可能性の方が高いように思う。それは、この制度の狙いの一つが、金融機関の収益支援にあるためだ。しかし、あまりに緩い条件を設定すれば、地球温暖化対策を後押しするという制度の趣旨に反してしまい、単なる金融機関への補助金に近付いてしまうだろう。

さらに基準次第では、日本銀行が銀行の投融資の資金の流れに大きな影響を与えることになる。場合によっては資金の流れを歪めることになってしまうリスクもあるだろう。7月には、適切な基準が日本銀行から示されることを期待したい。

日本銀行はFRBの政策正常化の前倒しに注目

ところで、海外経済の回復による輸出増加、3回目の緊急事態宣言、ワクチン接種の広がりなどを受けて、年後半の経済情勢については、日本銀行は見通しを好転させているだろう。そのため、足元の経済環境はなお厳しいものの、追加の緩和措置を検討する状況にはない。

日本銀行は当面、ETFの買い入れ、長期国債の買い入れ縮小といった、「事実上の正常化」を粛々と進めていくだろう。そうしたもと、日本銀行が注目を高めているのが、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策である。

FRBはテーパリング、つまり資産買い入れ縮小に向けた議論を始めている。また、16日の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、政策金利であるFF(フェデラルファンド)金利の誘導目標の引き上げ時期の見通しが、前回までの2024年以降から2023年へと一気に前倒しにされた(コラム「 政策の正常化を前倒しするFRBと将来の日銀ゼロ金利解除への示唆 」、2021年6月17日)。足もとでの物価上昇率の上振れに加えて、FRBのテーパリングと利上げ観測によって、米国の長期金利が上昇傾向を強める可能性が出てきたのである。

日本銀行、特に黒田総裁は、3月の「金融緩和の点検」での追加措置をきっかけに、国内長期金利が顕著に上昇する事態を警戒した。しかし、2か月が経過して、もはや事態は落ち着いたと言える。今後、米国の長期金利の上昇が顕著になる場合には、それに連動する形での国内長期金利の上昇は、急速でない限り日本銀行は容認する姿勢を見せるのではないか。それは日本銀行が配慮を強める銀行の収益に追い風となるためだ。

FRBの正常化は日本銀行のマイナス金利解除を後押しか

黒田総裁の任期は2023年4月に終了する。後任人事など不確定要素は多いとはいえ、体制が変われば正式な正常化に向けた動きが始まることが予想される。その際の正常化策の第1のプロセスは、マイナス金利の解除となるのではないか。

そして、2023年にFRBが政策金利の引き上げを始めるのであれば、それは日本銀行のマイナス金利解除を後押しするだろう。それは、日本銀行が強く恐れる対ドルでの円高進行のリスクが大きく高まらない中で、マイナス金利の解除を実施できる絶好のチャンスとなるからだ。

まだ先の話ではあるが、ポスト黒田体制下での日本銀行は、FRBが政策の正常化、政策金利の引き上げという機会を逃すことなく、自らのマイナス金利解除などの正常化実現にそれを最大限活用することを目指すのではないか(コラム「 政策の正常化を前倒しするFRBと将来の日銀ゼロ金利解除への示唆 」、2021年6月17日)。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。