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株価下落は日本の景気回復をさらに遅らせる

6月21日の東京市場で、株価が大幅に調整している。日経平均株価の下げ幅は一時1,100円を超え、取引時間中としては約4か月ぶりの下落となった。そのきっかけとなったのは、先週の米連邦公開市場委員会(FOMC)を受けて、米国金融政策の正常化が予想外に前倒しされる、との観測が強まったことだ(コラム「 政策の正常化を前倒しするFRBと将来の日銀ゼロ金利解除への示唆 」、2021年6月17日)。注目されるのは、為替市場では対ドルで円高が進行していることだ。

米国で金融政策の正常化観測が強まる中、今までは円安ドル高傾向が生じていた。米国で正常化実施が近づいても、日本銀行がそれに追随して明示的な金融政策の正常化が実施される可能性は、当面のところはかなり低い。米国と比べて景気回復が遅れているばかりでなく、物価上昇率がゼロ近傍と2%の物価目標を大幅に下回っているためだ。この状況下では、米国金融政策の正常化観測はドル高・円安につながりやすい。米国で株価が下落しても、円安が進む分だけ日本株の下落幅が抑えられたのが、先週までの動きだ。

ところが、週明けには円高進行が顕著となっており、東京市場はリスクオフの傾向を強めている。米国における金融政策の正常化観測と株価下落の背景には、景気回復がある。しかし、日本では景気回復が遅れる中で、米国株価の下落と連動した株価の下落が生じている。さらに足元では円高という株価への逆風も加わっている。こうした円高、株価下落が国内景気の回復を一層遅らせるとの観測が広まり、それがさらなる株価下落を招くという悪循環が生じるリスクが日本にはある。

行き過ぎた市場の健全な調整の側面も

米国では2024年とされていた米連邦準備制度理事会(FRB)の政策金利引き上げ時期が大幅に前倒しになるとの観測が高まっていることに加え、今夏から秋にかけて、FRBが資産買い入れを縮小するテーパリングを示唆し、また実施を発表する可能性がある。2013年5月にはFRBがテーパリングを示唆したことをきっかけに、新興市場から資金が流出するなど、グローバルに金融市場が混乱するテーパータントラムが生じた。FRBはテーパータントラムを再び起こさないように配慮してきたが、物価上昇率が予想外に急加速したことで、テーパータントラム的な状況が再燃する可能性は相応にでてきたのではないか。

ただしそうした市場の動揺には、行き過ぎた市場の「健全な調整」という側面もあるのではないか。新型コロナウイルス問題を受けたFRBの金融緩和は行き過ぎ、その結果、新型コロナウイルス問題が生じる前以上に市場の過熱を強めてしまったのではないか。さらに、昨年FRBが打ち出した新たな物価目標政策方針は、物価上昇の上振れを容認するかなりハト派色の強いものだった。こうした方針も、金融市場の行き過ぎを助長したのではないか。

他方、先週のFOMCで政策金利引き上げ時期が大幅に前倒しされたことは、この新たな物価目標政策方針を否定するようなものであり、まさに朝令暮改だ。それゆえに、金融市場には大きな衝撃が走っているのである。

FRBは市場のインフレ懸念の高まりを放置できず、ハト派色の強い物価目標政策方針を半ば撤回したようにも見える。今度は、正常化観測で生じている足元の市場の調整を、どの程度容認することができるかの我慢比べとなる。ただし、FRBは金融市場の安定を重視する志向が強いことから、市場が混乱すれば正常化の方針を修正する可能性も考えられるだろう。

しかし、それによって短期的な市場の動揺は回避されるとしても、市場の行き過ぎがより増幅され、将来的にはさらに大きな市場の混乱につながる可能性もある点に留意しておきたい。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。