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「他力本願的」な輸出主導での製造業回復

7月1日に日本銀行が発表した短観(6月調査)は、大企業製造業を牽引役として、日本経済がコロナショックの影響から徐々に持ち直し傾向を辿っていることを示している。しかし、全体的には事前予想をやや下回るものとなり、経済の力強さは感じられない。

注目を集める大企業製造業の現状判断DIは、前回3月短観から9ポイント改善して+14となった。これは3四半期連続での改善であり、2年半ぶりの高水準となった。しかし、事前予想の平均値+16程度をやや下回っている。

木材・木製品、化学、非鉄金属などの素材と汎用機械、電気機械、生産用機械など資本財といった輸出主力産業を中心に、景況感が改善している。個人消費、設備投資などの内需が総じて弱い中でも製造業の景況感が改善傾向を辿っているのは、輸出環境の改善によるところが大きい。他方、5月の鉱工業生産・速報値が前月比-5.9%と予想外に大幅下落したことにも表れているように、深刻な半導体不足が自動車産業の生産活動と景況感を一時的に押し下げていることも確認された。

5月分までの貿易統計から推測すると、今年1-3月に一時鈍化した輸出の拡大ペースは、4-6月期に再び高まったとみられる。多くの地域向けに輸出の増勢は高まり、財別には汎用機械、生産用機械など資本財の輸出の拡大が特に顕著となっている。

大企業を中心に製造業の景況感は回復傾向にあるが、それは内需主導による持続的なものではなく輸出に支えられたものだ。この点から、いまだ製造業は、「他力本願的な回復」の局面にあると言えるだろう。

遅れが際立つ非製造業の持ち直しと「2スピード経済」

他方、大企業非製造業の現状判断DIは前回3月短観から2ポイント改善し+1となった。5四半期ぶりにプラスに転じたが、改善幅は事前予想の+3をやや下回った。また、改善幅は大企業製造業と比べてかなり小さい。

非製造業の景況感は、小売業など対人接触型サービスを中心に停滞しており、そこには感染再拡大や4月以降の3回目の緊急事態宣言の影響が色濃く表れている。宿泊・飲食サービスの景況感は前回調査比で7ポイント改善したものの、その水準は-74と極めて低い状況にある。

予想外であったのは、非製造業の先行き判断DIが事前予想を大幅に下回ったことだ。事前予想は平均7ポイント程度の大きな改善であったが、実際には2ポイントの改善にとどまった。3回目の緊急事態宣言解除を受けて、先行きは個人消費を中心に需要が持ち直すとの期待から、比較的大きな景況感の改善見通しが示されると予想されていたが、実際には企業の先行きの見通しは依然慎重なままだ。製造業大企業の先行き判断DIも、事前予想から5ポイント程度下振れている。

国内経済は非常にばらつきが大きい形での持ち直し過程にある。それは、通常の景気後退とは異なるコロナショックによる経済の悪化が深く関係しているだろう。感染リスクという非経済的要因が経済活動に大きく影響しているため、輸出主導での回復の動きが幅広い分野には簡単には広がらないのである。

そこで強弱の対比を見ると(前半が強く後半が弱い)、製造業と非製造業、輸出型製造業と内需型製造業、大企業と中小企業、非対人接触型サービス業と対人接触型サービス業、など多くの事例が見いだされる。

日本経済は持ち直し傾向を辿っているものの、なお大きな格差が残る「2スピード経済」となっている。

輸入を通じた「悪い物価上昇」の影響

ワクチン接種の広がりによって、感染問題が年後半に顕著に緩和されるかどうかについては、まだ明確ではない。ただし、仮に感染リスクが低下していっても、日本経済の本格回復にはなお大きな障害が残るだろう。

足元でいえば、それは原油など素材価格の上昇である。大企業の価格判断DIの中の仕入れ価格DIは、前回比+14と大きく上昇する一方、販売価格判断DIは前回比+6と小幅な上昇にとどまった。これは、企業が輸入原材料価格の大幅な上昇分を製品の販売価格には十分に転嫁できず、収益が圧迫されている状況を表している。

原材料価格の上昇は、景気回復が先行している国にとっては、需要増加を反映した「良い物価」という側面もある。しかし、景気回復が遅れる日本のような国にとっては、需要が弱い中でいわば他国から押し付けられた「悪い物価上昇」の側面が強い。それが、消費マインドや企業の収益見通しに悪影響を与え、景気回復をさらに遅らせてしまう要因になる可能性がある。

日本でも「ブルウィップ効果」と供給制約が生じるか

以上の物価上昇とも関係するが、米国では「ブルウィップ効果(ムチ効果)」が物価上昇や経済活動の障害となってきている。需要の回復時には、中間段階でそれぞれに在庫を積み上げる、あるいは生産能力を高める動きが出るために、生産活動は川上に行くほど大きく回復する。これが、鞭の先端ほど大きく振れて、それが遠心力で強い力を発揮することと似ていることから、「ブルウィップ効果(ムチ効果)」と呼ばれている。

感染リスクの低下を背景にして、年後半に日本経済が急速に回復する場合には、米国と同様に「ブルウィップ効果」が経済活動の障害となる可能性があるだろう。それは米国のように価格の高騰という形よりも、人手不足による経済活動の制約、という形でより表れやすいだろう。

「ブルウィップ効果」が生じやすい背景には、企業が製品在庫や人材の確保をできるだけ低位に抑えることで収益性の効率を高めるという生産管理を行っていることがあるだろう。

日本銀行は企業の金融環境を踏まえて新たな資金供給の枠組みを検討か

今回の調査で、日本銀行が注目していた指標の一つが、企業の金融環境を示す資金繰り判断DIと金融機関の貸出態度判断DIである。経済の持ち直し傾向が続く中、前者は依然として極めて緩やかな改善にとどまる一方、後者については改善方向への転換が見られていない。

ここには、民間金融機関による実質無利子無担保融資制度が3月末で終了したことも影響しているのではないか。実質無利子無担保融資制度のもとで銀行は既に貸出をかなり拡大させたことや、企業の債務増加がソルベンシーリスクを高める局面に入ったことなどから、今後は需給両面から新たな貸出が控えられ、期限を迎えた融資の返済が進む中でコロナ関連融資残高が縮小していくことが見込まれる。

日本銀行は、コロナショックで打撃を受けた企業と銀行を更に支援する観点から、銀行の気候変動対応投融資をバックファイナンスする新たな資金供給の枠組みを導入する予定だ。今回の企業の金融環境を示す2つのDIが、企業の金融環境の改善を示していないことを受けて、その対象となる投融資を広範囲に設定することで、支援をより強化する方向で議論を進める可能性もあるのではないか。

 

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。