&N 未来創発ラボ

野村総合研究所と
今を語り、未来をみつめるメディア

より緩和重視のフォワードガイダンスに修正へ

欧州中央銀行(ECB)は7月6・7日の特別会合でインフレ目標を2%に引き上げ、必要ならば上振れを容認するという、ハト派色の強い戦略の変更で合意した(コラム「 欧米中銀のインフレ目標政策見直しとその課題 」、2021年7月9日)。他方、この会合では、具体的な金融政策の変更は見送られた。その中で、焦点となったのは、先行きの政策金利の見通しを示すことで長期金利などに影響を与え、それを通じて政策効果の発揮を目指す「フォワードガイダンス」の扱いだった。

ロイター通信によると、理事会メンバーの多数が、合意された戦略の変更をフォワードガイダンスに反映させる必要があると主張した。しかし一部のメンバーは、戦略見直しと政策決定を混同すべきではない、として、特別会合では戦略の変更にとどめるべき、との主張をしたという。

その積み残し案件であるフォワードガイダンスの変更が、7月22日の次回理事会で決定される可能性が高い。ECBのラガルド総裁は12日に放映されたブルームバーグTVとのインタビューで、「フォワードガイダンスは確実に再検討されるだろう」と語った。ここまで明言するということは、既に議論は相当進んでいるのだろう。

ECBの現在のフォワードガイダンスは、「必要な限り債券を買い入れ、インフレ見通しが目標にしっかりと収れんしていると見るまで金利を現行の過去最低水準に維持する」となっている。このうち、「インフレ見通しが目標にしっかりと収れんしていると見るまで」の部分に、新たに合意された「中長期2%で上下対称」、あるいは「必要ならば上振れも容認」等といった文言を加えることで、より緩和重視のフォワードガイダンスへと修正するのではないか。

フォワードガイダンスの修正を出口戦略に活用

ただし、ECBの政策金利のフォワードガイダンスは、今後、その目的に合わせて頻繁に変更される可能性があるだろう。この先、米連邦準備制度理事会(FRB)のテーパリング(資産買い入れ減額)や政策金利引き上げといった正常化の観測から米国長期金利が顕著に上昇し、それが欧州にも波及する可能性が考えられる。その場合には、経済や金融市場の安定を損ねかねない長期金利上昇を抑えるため、歴史的な低水準にある政策金利をさらに維持するとのメッセージを打ち出す形でのフォワードガイダンス修正を、ECBは実施する可能性があるだろう(コラム「 中央銀行の長期金利上昇との闘いとECBの最初の対応 」、2021年3月12日)。

さらに、ECB自身が金融政策の正常化を進める際にも、金融市場との対話を強化するために、フォワードガイダンスを利用するはずだ。ラガルド総裁は、現在の1兆8,500億ユーロ規模のPEPP(パンデミック緊急購入プログラム)について、「少なくとも2022年3月まで続くことを見込んでいる」と述べた。ただしその後は「新たなフォーマットへの移行」が行われるかもしれない、と説明している。現在の経済の回復と、安定した金融情勢が続けば、コロナ問題への緊急対応措置であったPEPPは、来年3月には予定通りに終了する可能性が高い。これは正常化の一環である。

対外的に明らかにしていないが、ECB内ではPEPP以外でも金融政策の正常化、あるいは出口戦略を検討しているはずだ。時が来れば、それを前倒しで金融市場に織り込ませることで、金融市場の混乱を招くことなく円滑に出口戦略を執行していくことをECBは目指すだろう。その際に、フォワードガイダンスは重要な武器となるはずだ。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。