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ECBはデジタルユーロを準備する2年間のプロジェクトを開始

欧州中央銀行(ECB)の理事会は14日に、中銀デジタル通貨・デジタルユーロを準備するプロジェクトを正式に開始することを決めた(Preparation for the euros digital future)。

この決定は事前予想通りである。実際の発行までにはなお時間を要するが、来年にも発行を予定している中国のデジタル人民元に次いで、ECBが主要国・地域の中で2番目の中銀デジタル通貨を発行することになる可能性が十分に出てきた。

日本銀行は今年4月に3段階の実証実験のうち第1段階を開始したが、ECBの取り組みは日本銀行よりも進んでいる。ECBは今回の決定を、既に実施してきた検証作業に続く新たな段階と位置づけている。

第1段階は、昨年10月に「デジタルユーロ」の報告書を発表し、基礎的な検証作業を行ったことだ。第2段階は、この報告書に基づいて、広く外部との意見交換を実施したことだ。そこでは、予想外に多くのフィードバックが寄せられ、デジタルユーロの利点についての関心の高さを裏付けた。そして、デジタルユーロの設計に関しては、プライバシー、安全性、汎用性が最も重要であることが示された。

さらに、検証作業の中で、既に存在するユーロ圏内での決済システム(TIPS)を、分散型元帳技術とともに、デジタルユーロに使えることが分かったという。他方、ビットコインなどで消費されるエネルギーと比べると、こうした決済システムで消費されるエネルギーは各段に小さく、デジタルユーロの環境負荷は小さいとしている。

今回のプロジェクトは2年間の検証作業であり、その後にデジタルユーロを正式に発行するかどうかを決める。実際には正式に発行を決める可能性は高いだろう。その場合、発行は2020年代後半となろう。

ECBはデジタル人民元を強く警戒

フェイスブックが主導するリブラ(現ディエム)計画と中国のデジタル人民元計画の双方に強く触発され、中銀デジタル通貨の発行で従来の慎重姿勢を一転させたのがこのECBだ。それは、あたかもドミノ倒しのような構図に見える。

ECBは、既存通貨に裏付けることで価値を安定させ、グローバルに用いられるディエム等の民間グローバル・ステーブルコインやデジタル人民元が、ユーロ圏内や周辺国で広く用いられ、域内の金融システム、金融政策、国際資金フローに悪影響を与える、あるいは国境を越えてマネーロンダリング(資金洗浄)などの犯罪に利用されることを強く警戒しているのである。加えて、中国人民銀行が、中銀デジタル通貨の分野で先駆者となり、国際標準(グローバル・スタンダード)を確立することにも強い懸念を抱いている。

ECBが2020年10月に公表した「デジタルユーロの報告書」 では、デジタルユーロの設計に関して課題も多く示されている。デジタルユーロが国内銀行の預金を代替する、つまり預金を奪ってしまうことで銀行ビジネスに打撃を与え、金融システムを不安定にさせるリスク、また海外では、デジタルユーロが他国の法定通貨にとって代わってしまう、いわゆる「ユーロ化」のリスクが指摘された。

それらに対応するためにECBは、デジタルユーロを発行する場合には、内外でデジタルユーロの保有額に上限を設け、またデジタルユーロに金利を付けることを検討している。

ECBがデジタルユーロを検討する際には、海外でのデジタルユーロの保有が増えることによって生じる問題や、国境を越えたデジタルユーロの取引、いわゆるクロスボーダー決済に関わる問題の分析にも、大きな力点が置かれているのである。

こうした各論点は、中銀デジタル通貨の発行を検討している他の中央銀行と比較した場合に、ECBが特に重視する検討内容となっている。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。