新型オペの設計に大きなサプライズはなし
7月16日の金融政策決定会合で日本銀行は、民間金融機関の気候変動対応投融資をバックファイナンスする、新たな資金供給の枠組みの骨子素案を公表した。あくまでも骨子素案で概要のみではあるが、概ね予想通りの内容だったと言えるだろう。
バックファイナンスの対象となる投融資については、①グリーンローン/ボンド、②サステナビリティ・リンク・ローン/ボンド(気候変動対応に紐づく評価指標が設定されているもの)、③トランジション・ファイナンスにかかる投融資が考えられる、とされた。
事前に予想された通りに、かなり広範な金融商品を対象とするものだ。それによって、日本銀行が銀行の投融資行動に対して過度に大きな影響を与え、市場価格や資源配分を歪めてしまうリスクに配慮した、と言えるのではないか。
対象となる投融資を日本銀行独自の基準とする場合には、その設計、精査、審査に膨大な人的エネルギーが割かれることから、それを回避して、外部の評価機関などによる基準に照らしてグリーン、サステナビリティ・リンク、トランジションと定義されるものを対象とするのだろう。
ただし、それらの基準が統一されていないことや、その精度などになお大きな問題を残している。それでも、日本銀行が直接グリーンボンドを買入れるスキームではないことから、そうした問題はある程度許容される、と日本銀行は考えているのではないか。
過度なインセンティブ付けは回避したか
この新型オペは、ゼロ%の貸付で、さらにマクロ加算残高への「2倍加算」とされた。これは、コロナオペなどに倣うものであり、事前の予想通りである。
一方で、事前に見方が分かれたのは、付利金利の水準だった。筆者は+0.1%と予想していたが、実際にはゼロ%となった(コラム「 日銀の気候変動対応投融資支援オペはどのような枠組みになるか 」、2021年7月9日)。
日本銀行は、この新型オペを成長基盤強化オペ(本則)の後継制度、と位置づけていると説明していることを考えれば、同制度と同水準のゼロ%の付利としたことは、自然なことではあった。他方で、ゼロ%では銀行の投融資のインセンティブ付けとしては弱い、との印象もある。
ただし、マクロ加算残高への「2倍加算」であることに加えて、-0.1%の政策金利の適用が回避されるゼロ%の付利であることで、既に相応のインセンティブ付けにはなっている。また、ゼロ%の付利には、将来の引き上げののりしろを残す、という狙いもあるのかもしれない。
新型オペによって、中央銀行が民間銀行の資金の流れを方向づけ、場合によっては歪めてしまうという弊害を考慮すれば、ゼロ%の付利は妥当であったと言えるのではないか。
新型オペの貸出期間は1年と成長基盤強化支援オペと同様に4年以内と比べて想定よりも短かった。しかし、回数に制限を設けずに借り換えを認めるということから、事実上はかなり長期間の貸出となるだろう。
新型オペは年内を目途に開始され、原則として2030年度まで実施される。2030年度は政府がCO₂の排出量を46%削減するという目標を掲げた年であり、ここに、政府との協調姿勢がアピールされているだろう。
日本銀行が態度を急変させた3つの背景
従来、気候変動リスク対策への関与に慎重であった日本銀行が、こうした新型オペの実施を決めた背景は、主に3点あると考えられる。第1は、海外の中央銀行が気候変動リスク対策への関与を一気に強めており、日本銀行もその流れに大きく後れを取ることがないようにしようと考え始めたことだ。
今年に入って、CO₂の排出量で世界一の米国が、政権交代とともに気候変動対策に一気に前向きに転じ、米国の主導のもとで、2050年カーボンニュートラル、2030年CO₂の排出量の5割程度の削減が先進国の中でスタンダードとなっていった。その中で、各中央銀行も気候変動リスク対策への関与を積極化させたのである。
日本銀行は、気候変動リスク対策は政府の主導にもとで進められていくべきものであり、日本銀行は、中央銀行が過度に関与すれば市場を歪めるなどの弊害を生じさせることを警戒してきた。しかしここにきて、世界の潮流に逆らえなくなったのである。
第2は、カーボンニュートラルの実現を掲げる政府との協調をアピールすること、そして第3は、金融システムの安定維持を視野に入れて、銀行の収益環境を支援する一種の補助金を提供すること、である。今後コロナオペの残高が減少してくる中、事実上はその後継制度とすることも意識し、銀行の収益を支援することも視野に入れて新型オペを設計したという面もあるだろう。
中央銀行は過度に関与することがないよう
日本銀行は、現時点ではグリーンボンドの購入など、気候変動リスク対策へのさらなる関与には慎重であろう。しかし将来的には、世界の潮流に逆らえずに、グリーンボンドの購入などを実施する可能性はあるだろう。
ただし、中央銀行が外部からの求めに応じて、安易に気候変動リスク対策に関与していくことには慎重であるべきだ。
中央銀行のマクロ金融政策は、銀行システムを通じて企業や家計の活動に間接的に影響を与えることが基本である。金融政策が個々の企業や家計の経済活動にどのような影響を最終的に与えるのかは、銀行の貸出判断などに委ねられるのである。特定の業種、企業への資金の流れを政策として決めるのは、政策金融の役割であって、中央銀行の役割ではない。
日本銀行は、新型オペの実施を決めた理由として、気候変動リスクが長期の経済、物価に影響を与えることを挙げている。気候変動リスク対策への関与が、物価の安定という日本銀行の使命の達成と整合的であるとの主張だ。
ただし、中長期の経済や物価に影響を与える要因は、実際には数限りなくあるはずだ。それらがすべて、中央銀行が対応すべき課題であるとはとても思えない(コラム「 ECB気候変動リスク対応の行動計画と日本銀行の対応との比較 」、2021年7月12日)。
物価安定目標の達成と矛盾してしまう可能性も
例えば、人口減少は中長期の成長率や物価上昇率を下振れさせる要因になりえる。だからと言って、中央銀行に出生率の上昇や移民受け入れの促進を求めるのはおかしいだろう。実際のところ、それを達成するための手段を、中央銀行は持っていない。
中央銀行が世の中の求めに応じて、多くの使命を安請け合いすると、それぞれの使命の間に不整合が高まり、結局、どの使命も達成できないということになりかねない。実際、気候変動リスクへの対応は、物価安定目標の達成と矛盾してしまう可能性もあるのだ(コラム「 中銀の気候変動リスク対策関与で物価安定目標との間に二律背反 」、2021年7月6日)。
気候変動リスクへの対応は極めて重要であり、国際的に果たさなければならない責務であることは疑いがない。ただしそれを政策面で主導するのは、あくまでも政府だ。中央銀行はこの分野で自らの使命の範囲を超えて過度に関与することがないよう、冷静な姿勢を続ける必要があるだろう。
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