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暗号資産取引所への監督権限付与を望むSEC

米証券取引委員会(SEC)のゲンスラー委員長は3日に、暗号資産(仮想通貨)に関するオンライン講演を行った。ここで同氏は、暗号資産市場に対するさらなる規制強化の必要性を強調している。

暗号資産は今年4月に2兆ドルと過去最高規模に達したとされる。価値移転手段としての暗号資産には、マネーロンダリング(資金洗浄)や脱税に利用されるリスクがある。また、投資対象としての暗号資産には、激しい価格変動が個人に巨額の損失をもたらすといったリスクがある。後者については、金融機関が保有するビットコインなど暗号資産の額は小さく、その価格変動が金融システムに与える悪影響は限られる。そこでSECが専ら関心を持ってきたのは、個人保護の強化である。

ゲンスラー委員長はマサチューセッツ工科大(MIT)で暗号資産を専門に教壇に立った経験があり、この分野に精通している。同氏は今回の講演で、規制を通じた暗号資産市場のさらなる整備の必要性を訴えている。そして、「投資家保護の体制が整っておらず、西部開拓時代の無法地帯のようだ(it’s more like the Wild West)」とまで表現している。

暗号資産取引所は現在、SECの管轄外であるが、それを監督する権限を議会がSECに与えることを望む、とゲンスラー委員長は述べている。さらに、暗号資産の融資や、貸し手と借り手が銀行などを介さずに取引できる「DeFi(分散型金融)」のようなプラットフォームを監督する権限についても、SECに与えるように求めた。

CMEのビットコイン先物ETFが承認される可能性

ところで、ゲンスラー委員長の講演で、暗号資産市場が非常に注目していたのが、ビットコインETF(上場投資信託)の承認の可能性について言及するかどうかであった。今までSECは、多くのビットコインETFの申請をすべて却下してきた。その理由に挙げたのが、詐欺防止規定や投資家保護の不十分さだった。

しかし、今年2月からカナダやブラジルの取引所などで続々とビットコインETFが承認されたことに加え、暗号資産に詳しいゲンスラー氏が4月にSECの委員長となったことで、ビットコインETFの承認に近付く、との期待が市場で高まっていたのである。

ビットコインETFが認められれば、伝統的なアセットクラスである株式としてビットコインに投資ができることになり、投資資産としての信頼性がかなり高まる。その結果、暗号資産への投資になお慎重な機関投資家の資金を、暗号資産市場に呼び込むきっかけになる可能性もある。

それだけで、ビットコインなど暗号資産の価値の不明確さやそれに基づくボラティリティ(価格変動率)の高さといった問題がなくなる訳ではないが、一時的な市場の追い風になる可能性はあるだろう。

ゲンスラー委員長は、CME(シカゴ先物市場)で取引されるビットコイン先物に限定した商品であれば承認する可能性があることを、講演で示唆した。SECが定める厳格な投資信託ルールに準拠するETFであれば、投資家に必要な保護を提供できる、とも発言している。条件付きで限定的ではあるものの、ビットコイン先物ETFが承認される可能性が出てきた。

SECとしては、そのことが暗号資産市場の整備をさらに促すきっかけになる、あるいはSECが暗号資産市場への監視・監督を強めるきっかけになる、との期待があるのかもしれない。いずれにせよ、5月以降は大きな逆風にさらされ続けてきたビットコイン市場、暗号通貨市場にとっては朗報である。

(参考資料)
" Remarks Before the Aspen Security Forum ”, Chair Gary Gensler", SEC, August 3, 2021
「SEC委員長、ビットコイン先物に特化したETF承認の可能性を示唆」、2021年8月4日、ブルームバーグ
「米SEC委員長、仮想通貨「現状は無秩序」 規制整備へ」、2021年8月4日、日本経済新聞電子版
「暗号資産市場は「無法地帯」、取り締まり権限強化を=SEC委員長」、2021年8月3日、ロイター通信

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。