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基準改定でCPI前年比は0.7%ポイントの大幅下方修正

総務省は8月6日に、2020年1月から2021年6月までの消費者物価指数について、新たに2020年基準で再計算した結果を公表した。基準改定は5年に一度行われる。最新2021年6月の消費者物価(除く生鮮食品)は、前年同月比-0.5%と、従来基準に基づく同+0.2%から0.7%ポイントもの大幅下方修正となった。

また変動の激しい生鮮食品に加えてエネルギーを除いたコアコア指数では、前年同月比-0.9%と、従来基準に基づく同-0.2%からやはり同じ幅での大幅下方修正となった。

下方修正自体は事前に予想されていたことだ。技術進歩などで価格が大きく低下するIT財等の財は、消費者による購入数量が拡大していく傾向が強い。そのため、基準年から離れるに従って、その購入金額が全体に占める構成比率が過小評価されるようになっていく。そして、基準年改定でこのバイアス(偏り)が修正されると、指数全体が下方に修正されやすいのである。ただし、最新値で前年比上昇率が0.7%もの大幅な下方修正となったのは、予想外だった。

菅首相の肝いりの政策である携帯通話料金が、新基準の消費者物価(除く生鮮食品)の前年同月比を0.5%ポイント押し下げた。基準改定によって物価の実態が変わる訳ではないが、日本では物価が緩やかに下落する局面にあることが改めて確認されたのである。

基準改定は日本銀行にとって鬼門

消費者物価統計の基準改定は、今までも日本銀行にとって頭の痛い問題だった。2006年3月には、消費者物価が明確に上昇基調に転じたとの判断に基づいて日本銀行は量的緩和を解除したが、その後の消費者物価統計の基準改定によって、2006年3月の前年比上昇率は+0.5%から同+0.1%へと0.4%ポイント下方修正された。また4月分については、同+0.5%から同-0.1%へとマイナスに下方修正された。物価がまだ上昇基調に転じていないなかで、拙速に量的緩和を解除したと、日本銀行は政府などから強い批判を浴びたのである。基準改定は日本銀行にとってまさに鬼門である。

今回は、改定後も消費者物価(除く生鮮食品)上昇率は2%の物価安定目標から非常に遠い状況にあることに変わりなく、当面の金融政策にこの改定が影響を与えることはないだろう。

しかし、2%の物価安定目標の達成が一段と遠のいたことは確かであり、やはり日本銀行にとっては逆風だ。「量的・質的金融緩和」導入から10年が経過し、また黒田総裁の任期が切れる2023年度の消費者物価見通しは、最新では+1.0%(政策委委員の見通し中央値)であるが、新基準に基づいてさらなる下方修正が必至である。

米国を中心に海外では、物価上昇率の上振れ傾向が目立っている。その中で、物価の低迷が続く日本の状況はまさに異例である。経済の回復が遅れていることもその一因ではあるが、より構造的な問題としては、日本経済の潜在力の低さが挙げられるだろう。

長い目で見ると、物価上昇率と潜在成長率との間に比較的強い相関関係が見られる。コロナショック前の5年間の実質GDP成長率の年平均は+0.65%だ。これを潜在成長率と考えると、それに整合的な消費者物価(除く生鮮食品)上昇率は-0.2%となる計算だ。

この計算に照らすと、基準改定後の消費者物価(除く生鮮食品)上昇率は、より実態を表すものへ修正された、と考えることができるだろう。小幅な下落が現在の日本の消費者物価上昇率のトレンドであり、それは日本経済の実力に見合った物価安定の状態と言えるのである。

 

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。